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5月31日
ときどき僕は無理に君を 僕の形にはめてしまいそうになる (尾崎豊『Forget-me-not』より)
人間歳を取るとどうしても自分の経験でモノを言いたくなってしまう。したり顔で上からモノを言いたくなってしまう。私自身もそう。その道は間違ってますよ、その先にいってもいいことなんか何にもないと、つい言いたくなってしまう。でも、人は間違った道からも何かを学びながら生きていくものなんですよね。 例えば、ねずみを迷路にいれて走らせるとする。道は二つに分かれていて、片方には電流が流れている。もう片方にはチーズがあって、ねずみが二者択一で正しい道を選べば楽にチーズにありつける。最初から正しい道を選べば、一度も電流に触れずにチーズにありつけるけど、チーズ以外には何の経験も得られない。だから二つのうち正しい道を選んでいくということは、半分は獲得するけど半分は失うということなんだな。いろんな電流を浴びながら苦労してチーズにたどり着こうとしてる姿を認めて、待っていかないといけないんだよね。 最近、この待つってことができなくなってきたなぁと反省。 5月30日 エピソード6〜決戦〜特設サイトを見た。見たがいくらなんでもあれはひどいのではないだろうか。いきなり全画面モードに変わり、はじまるLoading。メニューが表示されたと思ったら、何か選択するたびにまたもやloading。だからといって何か凄いことが書いてあるのかといえばそうでもなく、中身はほとんどなにもない。たった一枚の画像を見せたり数行の文章を読ませるのに数分も待たせるのだ。 見る人のことを何も考えていない自己満足の世界ではなかろうか。私こんな凄いものを作ったんです、あれもこれもやってみました、すごいでしょ見て見て綺麗でしょ。誰か止める人はいなかったのだろうか。大事なことはエピ6について伝えることであって、装飾を施すことではないと思うのだが。 5月27日 補助単位と大きな数の印象。 1000000と書いてあるのを見るとなんだかよくワカラナイなと感じて一、十、百、千、万と数えて、あー百万かと考える。百万と考えると見たことは無いけど札束一個分ぐらいかとイメージする。1Mと書くとなんだそんなもんかと思ったりする。どれも同じ数をあらわしているのだが、補助単位が違うだけで印象がガラリと変わる。 レモン200個分のビタミンC、ビフィズス菌50億個、東京ドーム10個分の面積なんて、いったい誰が正確なイメージをつかめるというのだろう。成人が一日に必要とするビタミンCの量は100mgでレモン一個には20mgのビタミンCが含まれている。人の腸内には約100兆個の細菌が住みついていて、50億個なんてその0.05%。東京ドームの面積は46,755uで10個分というとだいたい700m×700mぐらいの土地だし、普通イメージする野球グラウンドの広さで考えると35面分。 大きな数というのはそれだけでイメージがつかみ難いものである。補助単位にだまされてはいけない。ZELを30Kで買えるとすっごい得した気分になるのに、2Mのものを1.8Mに値切らると、まあいいかと思って売ったりする。200KあればZELが6枚は買えるというのに。しかし、これを逆手に取れば商売はうまくいくかもしれない。「$SELL ○○ 2M 今ならzelを3枚おまけにつけます」とか「$BUY ○○ 1800K wisplz」なんてどうだろうか。 小学生の頃、100万円貯まる貯金箱というものをもらった。馬鹿な私はこれに毎日10円づつ貯金していたのである。さて、100万円貯まるまでにどれぐらいの年数がかかるのかイメージできるだろうか? 5月24日 中原中也の詩「サーカス」にでてくる「ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん」という一行が印象深い。空中ブランコが揺れている様であるが、もうこの一行だけでマイッタという感じがする。 動物の鳴き声や物音などを、「コケコッコー」「ドカン」などのようにまねて表した語を擬音語という。英語ではオノマトペといい、鶏の鳴き声は「cock-a-doodle-doo」となるように、例え同じ音を表す言葉でも、日本語と英語の間にはかなりの食い違いがある。「バウワウ(bow wow)」と鳴く犬なんて見たことないし、「チクタク(ticktack)」と鳴る時計なんて部屋にあったら夜気になって眠れないだろう。 こういう言葉の違いって面白いなと思っていた。でも、ふと考えたら日本の擬音語も現代ではかなり食い違いがでてきているのではないだろうか。「バタン」と閉まるドアなんて欠陥住宅もいいとこだし、「ギーコギーコ」進む自転車も「ドカン」と爆発する爆弾も見たことは無い。そのうちドアは「ウィーン」と閉まるようになり、自転車は「スー」か「シャー」と走るようになるのかもしれない。 昔、サキュバスの倒れる音が「アサハラ〜」と聞こえるというのが話題になったが、どんなに耳をすましても私には全然そのように聞こえなかった。擬音語なんて聞く人間によっても違うものなのかもしれない。ためしに次の言葉がリネのどんな音を表しているのか、考えてみてください。 キュー、キュー、キュワー。 5月23日 私のすんでいるアパートの前に、昔ながらの古い文房具屋がある。店先にはコクヨの看板と回転する判子のケース。そして薄暗い紙の匂いのする店内には店主の老人がいつも座っている。文房具屋とは斯くあるべきを地でいくような店である。 その店の二軒隣の角地にコンビニがある。さらにその道路の先にももう一軒コンビニがあり、ちかくには大きいスーパーもある。このような状況で誰が見ても、いちばん最初につぶれるのは文房具屋であろうと思われた。しかし今年の春、角地に立つコンビニがまっさきに廃業した。 その文房具屋は店主の持ち家なので家賃はかからない。店主一人でやっているので人件費も無し。たぶん年金をもらっているのだろうから最低限の収入はある。そして、すでに豊富な在庫を持っているので、一日に数人、何か一点でも売れれば、それがその日の小遣いにでもなって贅沢できるのだろう。 以外とこういった商売のほうがしぶといものである。文房具屋の店主は今日も元気に店を開けている。 5月22日 「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうね。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にカムパネルラの形は見えず黒いびろうどばかりひかっていました。 初めて「銀河鉄道の夜」を読んだのは、小学校の中学年のころだったと記憶している。そのときの感想は、ジョバンニ独りでかわいそう、カムパネルラ死んでしまってかわいそうといった悲壮的なイメージだったと思う。思うというか昨日までは、物語り全体をそのようにとらえていた。 たまたま今日、「銀河鉄道の夜」を手に取り、読み返してみて驚いた。自分の記憶していたストーリーと違ったわけでもないのに、印象がガラリと変わってしまったのだ。この虚無感というか、どうしようもなさというか、なんなんだろう。かわいそうなんてこれっぽっちも出てこなくて、ただため息が出る。これを表現する適当な言葉を思いつかないが、文学の力に打ちのめされた感じがする。 子どもの頃に、アレを読みなさいこれも見なさい、なんてしたり顔で名作を勧めたりする大人がいるけど、もしかしたら凄く不幸なことをしているのかもしれない。時期がくればあーだこーだ言わなくてもわかるものなのだ。その前に本嫌いになってしまっては本末転倒。しかし、ひとつだけ問題があるとすれば、大人になってしまうと本を読む時間がないということだな。 5月21日 猫がキーボードの上を走り回ったとき、その文字列が意味のある文章になる可能性は、数学的にはゼロではない。しかし現実的にはありえないであろう。ランダムにアルファベットを打ち込んだとき、それが意味のある単語になる確率はどのくらいだろうか。アルファベットは26文字、もし二文字の単語ならその組み合わせは、26の二乗で676種類。三文字なら、26の三乗で17576種類。四文字なら456976。八文字ともなると208827064576で約二千億種類にもなる。 手元にあるGeniusの英英辞書の収録語数はたかだか15万語だった。学術語や口語などを加えてもいいとこ百万語というところだろうか。つまりでたらめにアルファベットを8文字打ち込んでそれが意味のある単語になる確率は、高めに見積もっても、20万分の1、実際にはもっと低いであろうが…。 今リネージュの稼動アカウントがいくらかは知らないが、ひとつの鯖に4万人前後としても全体で20万アカウントぐらい。つまりすべてのアカウントに対して8文字のアルファベットを無作為に並べたパスワードを設定したとすると、意味のある単語になるパスワードは全体でたった一人ぐらいしかないということである。 辞書に載っている単語を次々にパスワードとして入力するプログラムを使ったとしても、それでHITしてしまう不幸なプレイヤーはリネプレイヤーのうちたった一人。さてパスワードに意味のある単語を使うことが、いかに危険なことかわかっていただけたであろうか。 5月16日 バイオエタノールの謎。 地球温暖化対策としてバイオエタノール入りのバイオガソリンの試験使用が始まっている。植物原料のバイオエタノールは、植物の成長過程で光合成によって吸収された二酸化炭素のほうが、燃焼で発生する二酸化炭素より多いので排出量が減る計算になる。だから環境にやさしいという理論である。 ところがよく調べてみると、エタノールを生産する過程で熱源が必要であったり、輸送に使われる燃料を換算したりすると、トータルでは二酸化炭素発生量は増えているというのだ。バカバカシイ。 しかも世界的にこのバイオエタノールの需要が高まっていて、オレンジ畑をバイオエタノールの原料となるサトウキビ畑に転作したり、ジャングルに新たな農地を開拓したりしているというのだから驚きを通り越してあきれる。もともとオレンジ畑や開墾される前のジャングルで吸収されていた二酸化炭素はどこへ行ってしまったのだろうか。 最近巷にはエコがあふれている。エコでなければ物が売れない時代といってもいい。でも冷静に考えてほしい、エコ商品を買うことが本当にエコに繋がるのかどうかを、それがただのエゴでないことを。 5月15日 ぼくはカニが大きらいだ。カニをこのよからなくしてしまいたい。でもカニをかいしめてしまうほどのおこづかいはないので、カニをたべようとしてカニにたべられた男の話をかき、学校ではっぴょうした。じゅぎょうがおわると先生がきた。「あれは本当の話ですか?」「もちろん本当です。」ぼくは答える。でもまだ本当ではない。そこでいてもたってもいられなくなり、そこらじゅうにあるものをハサミで切りつけた。学校じゅう大さわぎなったが、だれもカニのしわざとはおもっていない。しかたないのでスーパーでカニをいっぴきかってきて、「私がやりました」とかいた紙をはりつけておいた。これできっとうまくいくだろうとおもっていたら。先生がぼくの家にきた。ぼくはおちついてしつもんに答える。どうもぼくはうたがわれているようだ。けっきょくぼくがやったことはばれてしまったが、ぼくがカニをきらいであることがアピールできたのでまんぞくだ。百おく万人の人がカニを好きでも、その百おく万ばいもぼくはカニをきらいなのだから、おなじにあつかってほしい。それがぼくのしゅちょうです。 5月12日 リゲル鯖にクーガーサモナーが誕生したそうです。Lv72CHA34が必要だと考えると、かなりはやいペースのレベル上げとしか…。年内には誕生するであろうとは予想していましたが、まさかこれほど早いとは。 それに比べて、虎と紀州犬はどうなっているのでしょうか。いまだにテイムに成功したという話が出ません。GMの話によると一日一匹は出ているはずなんですが、10分で消えてしまう仕様の為なのでしょうか、そんなにでている様には感じられません。できることなら初テイマーの称号をゲットしたいところですがPI後半部に篭るのもしんどいし、なかなか難しい。かといって、テイム難易度が下がったりするのも、それはそれでさびしい気がする。結局地道に探すしかないか。ガンバろう。 5月9日 神、空にしろしめし、 なべて世はこともなし。 5月6日 勇気は臆病よりはるかに一般的であり、その理由は恥辱である。 人は一人では危険の中に飛び込まず、仲間と一緒にいくからその仲間の前では弱さを見せたくない。弱さを恐れるところから正気とも思えぬ途方もない行為が生まれ、それが成功すると、あとで勇気ある行動として賞賛されるのである。 よく暴走族を追いかけているパトカーが、危ないから辞めなさい、なんていうけど、あれは危ないからやっているのであって、そんなことを言ったら逆効果だってことがわかってない。自分が弱くないことを示すためにあえて危険なことをしているのである。ジェットコースターに乗ったり、スカイダイビングをしたり、バンジージャンプに挑戦するのもたいてい同じ。誰も見てないところでそんなことをする奴はいない。 人間誰しも弱いところを持っているし、それを認め合えるのが本当の友達だし仲間なんじゃないかな。強がってみせて自分も相手も傷つけてしまうなんて悲しすぎる。 5月4日 Spring Ephemeralイベント満喫中。ところでエフェメラルってなんだろうと思ったので辞書を引いてみた。 Ephemeral:existing or popular for only a short time. つまり、はかない一発屋ってとこか…。プリBPもつかのまの命、せいぜい楽しんでおくことにします。 5月3日 ここに取り出しましたる一枚のコイン、タネも仕掛けもございません。このコインに魔法をかけますと、一枚が二枚、二枚が四枚に。そしてアラ不思議いつのまにか消えてなくなりました。 私が、子どもの頃になりたかった職業はマジシャンでした。上のセリフは小学生のときお遊戯会で実際に演じたときのものです。実際はひどいもので、それ知ってるといきなりネタばらしをはじめる奴や今ポケットに隠したっなんて指摘し始める奴なんかがいて、散々でした。そして演じ終わると必ず、どうやったの?タネは?と質問攻めに会います。最初はこたえない、でも私だけになんて食い下がられると、優越感もあってばらしてしまう。一回ばらしてしまうと、もうだめであとはいっきに広まって、もうそこでは二度とそのマジックをやることができなくなりました。 昨日、マジシャン数名がネタばらしをしたテレビ会社に対して損害賠償訴訟を起こしたという記事を見た。色々調べてみると、今テレビではネタ晴らし番組が流行りなようですね。マジックだけでは視聴率が取れないから、ネタ晴らしで気を引こうということなのでしょうか。テレビはいい、そのとき視聴率取れればあとは問題ないから。でもそれで巡業しているマジシャンにとっては死活問題だということを忘れないで頂きたい。トリックは誰のものなのか司法の判断がどう出るのか注目していきたい。 誰も魔法が存在するなんて思っていない。タネや仕掛けがあるはずだ。そうおもっている中でマジシャンだけが魔法が存在するように演じなければならない。ホント大変な職業だと思います。 |