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 1月28日

 評価。

 漢字検定、ご当地検定、○○判断、血液型占いに動物占いと、他人から自分を評価してもらうものが大人気だ。ちいさいころは学校の試験があれほどキライだったはずなのに、気づけばそんな評価に依存してる人が多い。資格マニアなんていう言葉があるくらいだ。評価自体が目的化している。

 ××検定一級をもっているからスゴイのではない。その検定を通るために自分自身に対してした努力や練習がスゴイのだ。お金を出せば、論文が買えて、その論文を入学金とともに提出すれば、実績も出席もなくても博士になれるご時世である。評価なんて実力があればついてくる、そんなおまけみたいなものだと思う。他人からの評価でその人の中身が変わるわけではない。評価を気にする前に実力を身につければ、それでいい。

 それにしても、他人からの評価にくらべて、自己評価が低い人が多いように感じる。正しい自己評価ができていない。控えめというにはあまりにも自分を卑下しすぎていて、卑屈に感じる。やるまえから、できなかったときの言い訳をする。やればできるとおもうのに、失敗したときの評価が怖くてやらない。自分がどこまでできるのか見極める目を育ててほしいものだ。

 「チャレンジして失敗することを恐れるよりも、なにもしないことを恐れろ」
 (本田宗一郎)

 1月24日

 愛媛のいよかん、いい予感。

 数あるみかんの中で、『いよかん』こそがみかんの王様、キングオブみかんである。そう思いませんか?さて、コタツの上のいよかんを一個むいて食べてみよう。むり、むり、むり(みかんをむいている音)。この音と感触がいい。皮の薄いふつうのみかんだとこうはいかない。逆にグレープフルーツや夏みかんだと、皮が硬すぎてむいている間に中身がつぶれて、むりぐにょびちゃという感じになってしまう。その中間の絶妙な柔らかさがいよかんにはある。

 全部むき終わって、きれいにすじを取ったまん丸の中身を二つに割る。いよかんの内側のフクロは固い、その中に柔らかい果汁たっぷりの実が詰まっているので、無理に割ると汁がこぼれる。細心の注意が必要だ。そしてそっとひとつづつフクロをはずす。はずしたら、フクロを縦にして持ち、右手と左手の親指と人差し指でゆっくりフクロの中心をつかみ開くように中身を押し出しながら、唇で中身だけはさむようにしてフクロをはずし、口内の果肉および果汁を味わいながらのみこむ。至福の時間。

 人間というのは器用なもので、これだけの作業をアッというまに執り行う。機械だとこうはいかないだろう。いずれの微妙な力加減も、コンピューターのちょっとした計算違いでめちゃくちゃになるはずだ。人間が行ってもときどき失敗して「お兄ちゃんの飛ばした汁が、私の目に入ったぁ」なんていう事件が、しばしばコタツの周辺では起こっているのだから。

 いつの日かこの難題を解決して、いよかんの剥き実が発売されないかと願っている。だがしかし、そうなると外側の皮をむく楽しみがなくなってしまうか…。中のフクロだけ無いいよかんが品種改良で生まれるのを願うべきか。

 1月21日

 コンビニ弁当。

 コンビニでお弁当を買うと、レジのお兄ちゃんが「お弁当は温めますか?」と訊く。「はい」と答えると、レジの後ろの電子レンジにいれて約一分待つことになる。このときの、一分待つ態度というのがなかなか難しい。他に客がいない時は、レジのお兄ちゃんとふたりで待つことになる。ふたりとも無言で、自分のほうは興味も無いのに、なんとなくレジ周りの和菓子を覗いてみたり、ガムに触ってみたりしてなんとなく居たたまれない。お兄ちゃんのほうはレンジの中を覗いてみたりして、オソイデスネなんて振りをしてみたりする。そうこうしているうちにやっとピーッと音がしてお弁当が温まる。ヤレヤレだ。

 電子レンジで温められたお弁当は、弁当の隅々まで温まっている。ここだけは温まらないという場所は無い。梅干も温まってしまう。あったかい梅干、あたたかいタクワン、あたたかい大根の桜漬け、なんで漬物は別の袋にしないのかといつも思う。持ち帰り牛丼の紅ショーガみたいな袋にすればいいのに。ヤレヤレだ。

 1月16日

 政策を実行するために政権をとるのか、政権がほしいから政策を立てるのか。

 民主党は、ガソリン税の暫定税率廃止を次の通常国会で目指す、と息巻いているが、本気で実行しようとしているのか理解に苦しむ。ガソリン税は値下げする、でも道路は作る、じゃあ予算はどうするの?ときくと具体策はなにもない。実際に廃止になったらいたるところで問題が起こるのは目に見えてる。

 国民の鼻先に、甘い飴玉をぶら下げてみて、「こっちへこい、こっちへこい」と大騒ぎして見せるが、その飴玉は絶対に食べさせることはできないのだ。だから、与党にわざとその飴玉を奪わさせて、悪者役に仕立てる。そんな選挙のための構図に見えて仕方が無い。

 ガソリン税には、もともと環境税のような側面もある。値段が高くなれば、少しの距離なら歩いてみようと思ったり。アイドリングを止めたり、燃費のいい車に変えようとしたり、ガソリンの消費を抑制する側面もあるのだ。地球温暖化が叫ばれる今、ガソリン税を下げようというのは時代逆行もはなはだしい。

 だいたいあたしゃ基本的に車は嫌いなんじゃー。

 1月11日

 ギャンブル適性テスト

 『コイントスをして裏がでるか表がでるか当てるゲームをしたところ、10回連続で裏が出た。さて次にコイントスをして表が出る確率はどのくらいであろうか。』

 

 判 定

 10回も続けて裏が出たんだから、そろそろ表が出るだろうと思ったあなた、ギャンブルにはあまり向いていません。深入りしないことをお勧めします。何回続けて裏がでようが次に表が出る確率も裏が出る確率も半々の1/2だと思ったあなた、間違いなくギャンブルには向いていません、クイモノにされて身包みはがされるタイプです。絶対にギャンブルをしてはいけません。確かに数学的に考えれば次に表が出る確率は1/2ですが、普通10回も裏が連続で出たら裏がでやすい何かがあると考えましょう。もしかしたら両面裏のコインかもしれません。そんなの反則だろうと思ったあなた、そういう人が一番騙されやすいのです。最後に、次も裏がでるのではないかと思ったあなた、たぶんギャンブルには一番向いていますが、そこまで考えるあなたはたぶんギャンブルには手を出さないので意味がありません。

 自分だけは騙されない、そう思うのが一番危険です。勝てると思わせるのが、ギャンブルの一番の罠。そこのところを忘れずに、ほどほどに楽しめばいいんじゃないかと思います。ちなみにこれは私が勝手に考えただけですので当ってネーよって笑い飛ばしてもらっても結構です。

 1月6日

 期待値。

 ギャンブルには、期待値というものが存在する。簡単にいえば、客が賭けた金額のうちいくらを客側に返還するか?ということである。もちろんたいていのギャンブルには、胴元(運営者)が存在し、胴元は得をしないとやっていけないので、客が賭けた金額より多くを返還する期待値など存在しない。つまりは、ギャンブルは当然客が負ける仕組みになっているのである。負ける可能性のほうが高いなどということは当然誰もが知っていることである、それでも何故人はギャンブルをするのであろうか。

 例えば宝くじの場合、売上に対して賞金の支払いはその40%程度である。期待値0.4。つまりは1万円分宝くじを買ったとすると平均して4000円しか戻ってこないということである。もしあなたの目の前に4000円分の金券を1万円で売っている人がいたとしよう。もちろんあなたは「詐欺だ!」と叫んで、これを買い求めたりはしないに違いない。しかし宝くじの場合は、一等前後賞が当れば3億円であるから当選したときの期待は否が応でも膨らむし、たとえ当らなかったとしてもそれが当然のように感じてしまうのである。でも実際は、この金券が期待値0.4という宝くじの正体である。

 期待値に話しをもどそう。ためしに、いまカノ鯖でサイコロ姫がやっているギャンブルの期待値を計算してみよう。ギャンブルの内容は「サイコロを三個振り、指定した出目が一個出れば2倍、二個出れば3倍、三個全部指定した出目なら5倍を支払う」というものである。

 話しを簡単にするために1の目に100K賭けたとしよう。さて、三個のサイコロをふって出る目のすべてのパターンは6×6×6=216である。全部1の出目が出るパターンは(1.1.1)の一通り。1/216の確率で5倍の500Kになる。次に三個のうち二個が1の出目であるパターンは、(1.1.1以外)の5通り、(1.1以外.1)の5通り、(1以外.1.1)の5通りで合計15通り。15/216の確率で300Kになる。同じように一つだけ1が出るパターンを計算すると75通り。75/216の確率で2倍の200Kになる。

 1/216×500K+15/216×300K+75/216×200K=20000K/216=92.59K

 100Kを賭けると平均して92.59K戻ってくる計算である。期待値0.926ぐらい。胴元が儲かるのはもちろんであるが、魔石代などの手間を考えれば妥当な取り分といえないことも無い。ドキドキ感を楽しむ分にはアリではないかともいえる。ちなにみにこのギャンブルの場合三つそろったら6倍、二つでたら4倍、一つでたら2倍という倍率にすると、期待値はちょうど1になって、胴元と客はイーブンのギャンブルになる。「魔石代を折半にするからこの倍率で・・・」と勝負を持ち込んでみたらどのような反応を見せるであろうか。

 おまけ。

 「袋の中に赤い玉2個白い玉2個が入っている。中を見ないでこの中から2個の玉を取り出し、その2個が同じ色だったら掛け金を2倍にする」というギャンブルをする男がいる、期待値はどのくらいになるだろうか?

 1月5日

 無知の知。

 「彼は、何も知らないのに何かを知っていると信じており、
 これに反して私は、何も知りはしないが、知っているとも思わない。」
 (哲学者ソクラテス)
 

 自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い。

 わからないことがわからない、何がわからないのかがわからない、ということが一番の問題である。何がわからないのかがわかれば、もうわかったようなものである。あとはそれについて調べたり考えたりすればいいだけだから。わからないことをわかっている振りをしたり、わからないことをわからないままにしておく、それが愚者と賢者の違いである。

 わからないことを、「俺は馬鹿だから」なんて考えて放っておくから馬鹿になる。最初は誰だってわからないのだ。

 1月2日

 夢。

 今朝突拍子も無い夢を見て目がさめた。でも目がさめると、見たという感触しか残っていない。私は、いつもそうだ、見たはずなのに目がさめると覚えていないのだ。しかし、自分の見た夢を覚えている記憶のいい人はよくいるけど、その夢の話は往々にして面白くないので、同じ轍を踏まなくてもいいという利点はあるか。

 ドラエモンの道具にありそうな話ではあるが、夢を映像としてDVDにでも記憶できる装置が発明されないかと願っている。そういうものができれば他人の夢もおもしろいかもしれない。『ドリームヴィジョンPlusレコーダーXZV』とかそろそろ松下か東芝あたりが研究を始めていないだろうか。そんなものがあれば、何か面白い夢を見たなぁとおもっても思い出せないままに日常生活に入ってしまうなんて事もなくなるだろうに。

 夢記録装置が実現したら結構面白い商売になりそうだと思う。『相武紗季の初夢〜限定版〜』なんてでたら、ファンは必死になって買うだろうし、『明石家さんまの絶対に滑らない夢』とか、あったらへたな映画を見るよりはおもしろそうだ。『小沢一郎の未来予想図』とかは見なくてもわかる気がするし『IKKOの夢でもどんだけ〜』とかは絶対に見たくないなぁ。

 1月2日の夜に見る夢を初夢という。今年一年の吉凶を占う夢になるそうだが、今夜はどんな夢を見るだろうか。絶対にすべらないおもしろい初夢を見た!と言う人がいましたら最近寂れてきている掲示板にでも…。

 1月1日

 謹賀新年。

 明けましておめでとうございます。本年もシェリークランともども、よろしくお願い申し上げます。