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  7月29日

 アカハック警報が出ています。

 古いバージョンのAdobe Flash Playerを利用していた場合、ソフトウェアの脆弱性を突いて、アカウント情報を盗むウイルスの存在が報告されております。(公式より)

 スタートメニューから「Windows Update」を実行してください。正常にアップデートできない場合はウィルスに感染している恐れがあります。また、FlashPlayerを最新のものにしてください。

 不用意にゲーム関連の怪しいサイトを踏まないようにしましょう。

 7月22日

 クソゲー。

 真のクソゲーとは何なのであろうか。色々な人に「あなたのベストオブクソゲーは?」と聞いてみたところ、クソゲーにも色々なパターンがあることに気づいた。

 1.難易度の設定が極端すぎるもの。

 難易度が高すぎるものとしては『スペランカー』が挙げられるだろう。ほんの数ミリの段差で死んでしまう最弱の主人公に泣いた人も多いはず。逆に難易度が低すぎてもクソゲーの対象となりうる。代表例としては『キャプテンED』。誰がやっても死にようがないシューティングを延々とやらされ続ける拷問のようなゲームだった。

 2.理不尽なもの。

 ゲームクリアのために必要な説明がなく、ゲームの進行が困難なもの。『たけしの挑戦状』などはこの典型だろう。攻略本があってもクリアできないと言わしめたクソゲー界でも一流なたけしである。

 3.世に出るのが早すぎたゲーム。

 あまりにも画期的なシステムや斬新なアイデアを盛り込んだため、ユーザーがついてこれなかったもの。これをクソゲーに入れるのは若干気が引けるのだが声があったので『バンゲリングベイ』。今ではバイオハザードなどにも取り入れられている主観の操作性。戦略ゲームとしても奥が深いと思うのだが、いかんせんゲームのメインユーザーが小学生であった時代には受け入れられなかった。(個人的にはIIコンマイクに「バンゲリングベェェェェェイ」と叫ぶだけでも大受けのゲームなんだけどなぁ)

 4.グラフィックが見づらいもの。

 ゲームに関係のあるオブジェクトと関係のない背景とが紛らわしいもの。無駄なグラフィックを搭載しているもの。最近のゲームに多い気もするが、あえて『トランスフォーマーコンボイの謎』を挙げる。初めてやると何故自分が死んだのか理解できない。敵のミサイルが非常に見難く背景と同化して飛んでくるのである。

 5.ロード時間が長い、動きが遅い。

 頻繁にロードが入って流れが中断したり、やたらとプレイヤーの動きが遅くてイライラするもの。『星をみるひと』、ちなみにこれは私一押しのクソゲー。まず何より動きが遅い、牛に変身してスローくらってももっと早く動けるのではないかと思わせる遅さ。それに加え、戦闘では逃げられない、逃げられないのに理不尽な強さのモンスターがでる。最初の村が見えない、超重要アイテムが何もない地面に落ちている、とある意味クソゲーの全ての要素を含んでいるベストオブクソゲー。

 6.キャラクターもの。

 有名人や有名キャラクターを題材にして、その実中身はなにも無いもの。『ジーコサッカー』。ジーコはこのゲームのどこを監修したのか、いまだに謎である。そういえば『升添要一朝までファミコン』なんてものもあったな、今の升添さんにあのゲームについて聞いてみたいものだ。

 色々なタイプのクソゲーを挙げてきたが、よく考えてみるとここに挙げた全てのクソゲーにはそれなりの思い出がある。そもそも私はクソゲーという言葉を好意的に使っている節がある。本当に駄目なゲームというのは記憶にすら残らないものなのだ。そういう意味ではここに挙げたクソゲーはお勧めのクソゲーである。

 7月18日

 裁かれることを目的とした犯行。

 「親をめちゃくちゃにしてやりたかった」とバスジャックを行った少年。「世の中が嫌になった」と通り魔事件を起こした男。この種の犯行は、マスコミに取り上げてもらい、最後に一花咲かせてやろうという動機で行われる。

 親の責任を追及したり、加害者について詳しく報道したりすればするほど、犯人の思う壺になる。それらをして欲しいからこそ起こした事件であって、犯人の夢をマスコミが叶えてやっていることになる。さらには、自分もあんなふうに脚光を浴びてみたいと考える人間を煽ることにもなる。

 こういった犯罪の報道が行われるたびに、もっと簡潔に報道できないものかと思う。犯人の生い立ちや境遇を報道することが必要であるとは思えない。視聴率のための報道といっても良いだろう。マスコミはこういった事件がもっと起こって欲しいのだろうか、もう起こらないで欲しいという態度をとりつつ裏ではそそのかしているように思えて仕方がない。

 ネットの世界では、「かまって欲しいから嫌がらせをする」という者にたいしては、放置があたりまえとなっている。そんなことをしても誰も認めてくれないし、相手にもされないんだということを示すべきなのだ。この種の犯罪に対してはそれが一番効果的である。

 7月14日

 アクセスログ。

 厚生労働省で、職用パソコンを用いたゲームやお笑いなどの業務と関係の無いホームページ閲覧が一日に約12万件もあったことがわかった。(13日産経新聞)

 いまどきこの程度の認識なのかと、あきれてしまう。アダルトサイトや株取引への接続は制限されていたようだが、そもそも重要な部署のパソコンはインターネットへの接続自体を遮断するべきだし、業務上ネット接続が必要なPCにはしっかりした管理者がついていて使用者のIDなどからすぐ足付くようになっているのが普通である。

 インターネットとはコンピューターとコンピューターが情報をやり取りすることで成り立っている。あなたが今このページを見ようとしたときにも、あなたのPCから、IPアドレス、ドメイン名、日付と時刻、アクセスしたファイル名、リンク元のURL、使用しているWebブラウザやOSの種類といった情報が必ず送られてきていて、そのアクセスログが私のサーバー内に残る。

 これらの情報からどのようなことがわかるのか。IPアドレスやドメイン名からは、自分が現在接続している環境(個人ならプロバイダとその接続地域、職場からなら会社名)が推測できる。日時からは生活パターンが、リンク元のURLとアクセスしたファイル名からはどこから来て何を見たのかが、OSからはどんなパソコンを使っているのかまでも推察できるだろう。もっとも、それがどこの誰なのか個人判別までできるわけではないので、普通に利用している限りにおいては、そこまで気を使う必要は無いかもしれない。しかし、コンピューターが勝手に漏らすこれらの情報の他に、自分自身が漏らす情報が合わさるときには注意が必要である。BBSへの書き込みやアンケート、メール送信フォームなどの情報とセットになると容易に個人が特定されることがある。

 図書館で過去に借りた本のリストは知られて困るというものでもないけれど、目の前で司書の人にじろじろ見られたら気分のいいものではない。アクセスログをじろじろ眺めるというのはこういう行為である。私としてはインターネットを利用すると足跡が残る事を知らない訪問者の足跡を黙ってみるのは気が引ける行為だと思うが、ネットを利用する時は必ずこういったアクセスログが残るのだと、考えて行動したほうが良い。特に職場からアクセスする人は社員バッチをつけて行動しているようなものだと、自覚して利用すること。見る人が見ればまるわかりである。

 7月10日

 ランキング。

 世の中のありとあらゆるものがランキングの対象になっている。モノや情報が多すぎるのだ。個人で比較し選択できるキャパシティーを遥かに超えている。そのためランキングに頼らざるをえない。ランキングが無くなってしまったら、膨大な情報の渦に飲み込まれまともな選択をすることなど不可能になってしまうだろう。

 しかしそのせいで、勝ち組みと負け組みの極端な二極化が進んでいる。ランキングに載らなかったものはスタート地点にすら立てないのだ。たとえそれが他のどんなものより素晴らしいものであったとしても。逆に平凡なものでも一度ランキングに載ってしまえば、ランキングに載っているというただそれだけの理由で優位に立てる。

 そのために、あらゆる手段を使ってでもランキングに載せようとする広告戦術が増えている。わかりやすい例が「全米No.1」である。毎年毎年全米No.1の映画が10本も20本もあることに疑問を抱いたことは無いだろうか。集客、製作費、興行成績、監督、主演、助演、脚本、音楽、グラフィック、有名人が選んだ、監督が選んだ、女性が、泣いた、笑った、なんでもいいから一番になれる「物差し」を用意し、全米No.1を語る。そりゃこじつければ何にだって誰にだってNo.1になるものはあるだろう。しかしそれにどんな意味がある?

 結局、ランキングそのものが信用できなくなる。実際「なんでこれが一位なんだ?」と感じることが多くなってきてはいないだろうか?自分の目や感性を疑う前に、ランキングを疑ったほうが良い。だいたい、必要の無いものにまでやたらとランキングを付けたがる傾向がある。個人個人で順位をつけることは普通のことだと思うが、それを他人に押し付けようとするからおかしくなる。他人のランキングと自分の好きになるものにどんな関係が必要だというのだろうか。

 7月5日

 AI。

 Artificial Intelligence(人工知能)とは、そもそもコンピューターに人間と同じような思考をもたせ、自ら学習して新たな知能を獲得させる技術をさして作られた言葉である。映画『2001年宇宙の旅』にでてくるHAL9000とでもいえばある年代の人にはわかりやすいか。

 しかし日常的には、AIという言葉は、電化製品に付いている単純なプログラムやゲームの思考ルーチンなどのことを指すことが多い。例えば、よくあるAI機能付きエアコンは、ただ自動で温度設定を変えたり、風量を調節したりするぐらいが関の山であって、本来のAIというには程遠い。人工知能と銘打つからには、もっと人間的なエアコンであって欲しいものだ。

 こちらの毎日の行動パターンをを予測し、帰宅する5分前ぐらいから部屋をギンギンに冷房する。ドアを開けるといつものあのムワッっとした熱気ではなく冷たい風が頬をなで、そして「おかえりなさいご主人様、ご苦労様でした」の一言でも発し、数分して汗が引いてきたらいつのまにかの弱冷房。風呂上りには髪の毛を温風でピンポイント乾燥しつつ絶妙の風量調節でヘアメイキングまでしてくれる優れもの。心地よすぎて、ついうとうとしてしまったら、顔面にぴゅっと冷気を当てて「ダーリンったらこんなところで寝ないのっ」なんて言ったり言わなかったり・・・。朝は早くから起きだし炊事洗濯なんでもござれっ。これが本当の愛(AI)のあるエアコンとオチもついたところで、閑話休題。

 リネでAIというと、NPCの行動ルーチンを指す。このルーチンはきわめてランダムな部分が少なく慣れてくるとほとんど確実に行動を予測できる。最近よく言う、「後衛は左上に立つな」というのも、このAIに基づいての発言である。敵NPCは自分から見て、一番左上のポイントから順次索敵を開始し一番最初に見つけたPCをターゲットする。例外は無い、ちかくにいる奴を狙おうとかWIZから狙おうといった、人間的思考は持っていない。機械的に決められた行動をこなすだけである。

 もしも、敵が本当のAIつまり人間的思考を搭載したらどうなるか。サキュバスは近づくと必ずテレポートで少しはなれた地点に移動して攻撃するようになるだろうし、サモンは確実に毎回足の速いモンスに拉致られる。ハントでは確実に後衛から狙われ、ボスはキャンセルや範囲魔法を満遍なく連打しながら仲間を召喚しまくるようになり、敵はHPが減ってくると逃げ出すだろう。フロア中のモンスが階段付近で登ってくるプレイヤーを待ちうけ、レアアイテムを持ったモンスは壁の影に息を潜める。

 ちょっと考えただけでもかなり厳しい仕様になることは間違いが無い。でも逆から考えてみると、敵はプレイヤーからいつもこんなひどい仕打ちを受けて闘っているとういうことにもなる。反撃できない距離から弓を撃ってくるエルフ。強いモンスターだけを隔離してしまう狩り方。出現ポイントをPCの輪が取り囲み今か今かと待ち伏せされた挙句、イミュで防御された固いナイトにタゲを固定され、取り巻きから倒されるボス、それでも一矢報いたと思ったら帰還される。

 毎回毎回心の中で「そりゃ無いぜ」とつぶやいてるかもしれない。そして実はそれこそがAIなんだ。

 7月3日

 3。

 一桁の数字の中で何が一番好きかと問われれば、迷わず3と答える。3という数字はなかなか面白いところがあるからだ。3のつくときだけアホになる代わりに、3のつく言葉のときだけ少し賢くなってみよう。

 日本語には3のつく言い回しが結構多い。三日坊主、二束三文、石の上にも三年、二度あることは三度ある、などなど。ここで使われる3の意味を考えると3にも色々な意味があることがみえてくる。三日坊主や三日天下などは、実際に三日で終ったことをあらわしているのではない、一日や一回でやめてしまった場合でも三日坊主というし、三日天下の語源となった明智光秀が本能寺の変を起こしてから、秀吉に倒されるまでの期間は約十日である。三日といのは「短い期間」を表しているのだ。逆に石の上にも三年や三日三晩の場合は「長い期間」を表している。二束三文というと、「価値のない」というような意味だが、早起きは三文の得となると、「価値のあるもの」になる。

 つまり3といのは、多いものと、少ないものとのちょうど中間にあるぐらいの数なのだ。その微妙なバランスが3にはある。第三者とか三人称なんていうのはその典型で、どっちつかず、中立のような意味合いがある。

 二つじゃちょっと少ないし、四つじゃちょっと多い。Best3とか世界の三大○○、金銀銅なんていうのも案外この辺の理屈ではなかろうか。野球は3ストライク3アウト。御三家、三種の神器、中学三年、ガイア・オルテガ・マッシュなんてのはちょっとマニアックか。このパターンは探せばまだまだありそう。

 三角関係、三国同盟、グーチョキパー、光の三原色、三つ巴。人間一人だと孤独だし、二人ならケンカをするか恋に落ちるが、三人集まると派閥ができる。あっても困るし無くても困るもの、そのギリギリのラインが3ではなかろうか。