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7月22日 どくさいスイッチ。 未来の独裁者が邪魔者を消すために作った道具。名前を叫んでスイッチを押せばどんな生き物でも消してしまうことが出来る。 ドラえもんの持っている道具は、結局のところ全部、人が内に秘めているありとあらゆる願望をそのまま機械の形にしたものだ。あいつさえいなければ、こいつは邪魔だ、お前は気に食わない、オレノマエカラキエテクレ。「どくさいスイッチ」はこんな願望を具現化したものである。 嫌いな奴をスイッチ一つで、パチンパチンと消していけたら、最初は楽しいかもしれない。でも、一番嫌いな奴を消してしまったら、二番目に嫌いな奴が一番嫌いな奴になるだけのこと。そして終いには、自分と関係のある人すべてを消してしまうことになるだろう。 好きと嫌いというのは正反対のベクトルではないからだ。人間そんなに単純にはできていない。好きの反対は嫌いではないし、嫌いの反対も好きではない。好きだからこそ許せないことがあるのがあたり前。そんなときについ簡単に押せる「どくさいスイッチ」を押してしまったら・・・。 人間誰しも、心の中に「どくさいスイッチ」を持っている。でもこのスイッチはドラえもんの道具のように簡単便利にはできていない。簡単に押すことができないからこそ、人間同士なんとかやっていけてるんだと思う。 そんなに簡単にスイッチを押そうとしないでくださいね。 7月21日 一番好きな○○は、なんですか? 映画、音楽、食べ物、ゲーム、マンガ、何でもいいのだが、一番好きなものはなんですか?なんていうたわいも無い会話をすることがある。そんなとき、二位や三位ぐらいのもはすぐに思いつくのだが、第一位となるとなかなか思いつかない。 食べ物なら、ほっけやガリガリ君は確かに好きだけど、でも、「一番ですか?」と、言われると絶対に一番ではない。あれもいい、これもいいと、いくらでも思いつけるのに、自分にはこれが絶対一押し一番というものがないのだ。 現状に満足しない、さらに上を見ている。と、いえば聞こえはいいけれど、そんな高尚なものでもない。単純にどれもこれも、何かが足りなく見えてしまう。だいたい「何が足りないの?」と、問われると、それもわからない。ものごと全般に対して本質ではすごく冷めている。 「あなたが一番好きです」なんて絶対に思えないから、結局「みんなが好きです」、ってことに。一番大事なものがない、ってのものナンダカナ。 7月14日 有名税。 芸能人や政治家などの著名人が、有名であるがゆえに受ける様々な問題や代償を「税」になぞらえて、有名税という。大きなところでは、SMAPメンバーの泥酔騒動なんかがそうだし(一般人であったら酔っ払いの保護ぐらいの扱いが妥当である)、パパラッチに追われたり、あること無いこと陰口をたたかれるような類のことである。 特にここ数年、インターネットでは成功者に対する嫉妬やバッシングなんてつまらないものが蔓延(はびこ)っているように感じる。しかも、その対象が有名人だけではなく一般人にまで向けられるようになってきている。有名人に対してなんとなくうさ晴らしをしていたものが、ネットという匿名ツールを得たことにより、手当たり次第目に付くものをを攻撃しはじめたのだ。かつて有名税と呼ばれていたものが、無名の人に対しても行われるようになってきた。 リネでも、高レベル者をみると、よく知りもしないのに「廃人」なんて呼んでみたり、陰口や噂話ばかりが先行したりする。確かに、自分と違ったものを嫌ったり、考えの違うものを退けたり、他人の持ち物を羨んだり、誰かを嫌ったり、他人よりは常に良い思いをしたいと願ったり、自分の幸せのために他人の不幸を望んだり、そういったねたみや嫉妬、憎しみなどの負の感情は誰にだってある。それは私にとっても真実だし、だけど、そういった理不尽な気持ちを恥じて、なるべく表に出さないことが常識だったはずだ。みんな何をそんなに怖がっているんだろう。 7月13日 人生っていうのは確かに死ぬまでの長い暇つぶしに過ぎない。 だけどだからって、どうでもいいってことにはならないんだ。 もっと一生懸命、本気で暇つぶししてみろよ。 7月10日 「ゲーム脳」の恐怖。 テレビゲームをしすぎると脳の機能が壊れるという説、いわゆる「ゲーム脳」説に科学的に信頼できる根拠は一切無い。ところがこの話はマスコミで大きく取り上げられ、関連する書籍も大量に出回り、あたかも科学的に実証された事実であるかのような報道がなされている。そして、それを真に受けた多くの人の間で「ゲーム脳」というわかりやすいレッテルだけが一人歩きを始めた。私から言わせれば、「ゲーム脳、ゲーム脳」などと声高に言っている人こそ、自分で何も考えない「マスコミ脳」になっているのではないだろうか。 もちろん子どもがゲームばかりしていることに困っている親は多いだろうし、教育関係者もそんな風潮を何とかしたいと思ってのことであろう。しかしならばこそ、こんな非科学的な「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる的」指導ではなく、子どもたちに、自ら真剣に考えさせる指導を行うべきだ。自分たちは何も考えずに、子どもたちだけに考えさせることなどできようも無いだろうが。 現代社会は情報にあふれ、いちいち一つ一つについて深くは考えていられなくなっているのかもしれないが、得た情報を自分で解釈吟味することを忘れてはならない。ゲームだろうがなんだろうが、自分で頭を使っているうちは問題が無い、何も考えなくなることこそが問題なのだ。ゲームは関係が無い。 7月8日 ネタバレ。 ネタバレについての意識が低くなってきているように感じる。自分がネタバレをしているという認識の無いままに、結果的にネタバレをしているから始末が悪い。ネット上では不特定多数の人が見る可能性があるのだ、ということにいつでも注意していなければならない。自分のブログは知り合いしか見ないからとか、ネタバレ注意の警告を出しているからなど安易な理由でネタバレをしている人も多い。ちょっと気になった映画や本のタイトルを検索にかけてみれば、見ようと思わなくても検索ページだけでネタバレにあってしまう。「見なければいい」は言い訳にもならない。「書かなければいい」のだから。 |