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3月31日 惜しむ声。 廃線、廃刊、廃止、廃業と、この時期になると色々なものが、世の中から消えていく。そして必ずそれらを惜しむ声があがり、最終日ともなるとどこも往時を凌ぐような大盛況になる。 「こんな歴史があるものがなくなるなんて・・・」「なんとか残せないものか」こんな声を身勝手とだと思うのは私だけだろうか。本当にそれを必要だと思っていたのなら、平時から利用していればよかったわけで、無くなると決まったとたんに惜しみはじめるなんておかしいと思う。もしそれらが廃止になっていなかったら、ほとんどの人は興味など無かったのではないか。 いつまでも続く状況など無い。何にだって終わりの時はくる。人と人との付き合いにもいつか別れのときがくる。そのときに後悔しないためには、平時から精一杯の付き合いをしていくことだろう。別れのときになって、「一緒にあれもしたかったこれもしたかった、どこにも行かないで」なんていいだすのは、身勝手すぎるから。 リネでも、別れの季節ですが、笑顔で見送りたいと思います。旅立つみんなの未来に幸多きことを祈って。 3月24日 need to know。 情報漏洩のリスクを軽減するための原則、ニードトゥノゥ。情報は知る必要のある人にのみ知らされ、知る必要のない人には伝えない、という原則。そもそも極秘情報などを知らなければ、うっかりそれを他人に漏らしてしまうことなどない。顧客情報の漏洩など企業の情報管理は今や死活問題になっている。 このところイベントなどでGMが姿を見せることが多くなってきたが、そこで細かい仕様や設定、ドロップ情報などをGMにきいても多分無駄。プレイヤーとして知りうる程度の情報しか知らされていないはず。そうすることが情報を管理する上で必要なことだから。 理想の人物に知り合ってみたら、意外と欠点が多いことに気づくように、GMがよく姿をあらわすようになって、その実力が見えてきた。意外とたいしたことができないのである。 一度はやってみたいと思っていたけど、中の人もやっぱり大変そうだな。 3月19日 最強。 相撲で最強の横綱が、K-1にいってもほとんど勝てなかったように、最強の称号というのは、ルールによって変わる。たとえルール無用の格闘技のチャンピオンでさえ、拳銃を持った一人の男に負けるだろう。それでも拳銃で戦車には勝てないし、戦車だってミサイルには勝てない。そうなると人類最強はアメリカ合衆国大統領だろうか。いや、オバマだってミシェル夫人にはかなわないかもしれない。 最強というのはルールによって生まれるといってもいい。たまたまその最強のチャンピオンにとって最も有利なルールで試合が行われたに過ぎない。 リネージュというゲームでルールをくくれば、最強はGM。プレイヤー限定でさらに縛るなら、大人数を動員できる盟主。タイマンで、ポットは赤、インビジ禁止・・・。そうやってどんどんルールを縛っていく、そうしないと最強が決まらないのだ。 本来、最強など存在はしない。誰にだって何にだって、得意不得意はある。強さを求める者よ、汝、都合のいい強さを求めるなかれ。 3月12日 短所。 皮肉屋で見栄っ張り、雑多な知識は豊富だが体系だってはいない。夜、歯軋りをする。嫌いなものは絶対に食べない。KY。負けず嫌いで意固地。理論家だけど経験に乏しい。背は高いがやせていて白い。こどもっぽくて片付けが苦手。ときどき見えない銃を街中で乱射する。本の虫。悲観的で暖かさに欠ける怠け者。 日本人って自分の短所はいくらでもいえるのに、長所はいえないらしい。 3月11日 人工的自然。 佐渡トキ保護センターの順化ゲージで放鳥に向け訓練中だった国の特別天然記念物トキ9羽が死に、1羽が負傷した問題で、環境省は、トキを襲った小動物がテンと判明したと発表した。 40*100mもの広さをもつ順化ゲージ内にたった一匹のテンが侵入し、11羽中10羽が襲われてしまったのだ。これで自然に還そうと訓練していたといえるのだろうか。実際の野山には、もっと多くの捕食動物がいる。野生動物が本来持っている危険察知能力が天敵のいないゲージの中で逆に衰えてしまっているのではないだろうか。 自然に還そう、自然を取り戻そう、自然にやさしく、自然との共存、自然原料。自然、自然、自然、あまりにも自然を特別視して、自然を美化して、自然を人間のいいように考えていないだろうか。人間にとって都合のいい環境のみを自然といい、大切にする。自然を大切にしているんじゃなくて実際はそこで生きる人間を大切にしているだけなのだ。 自然というのは本当はもっと厳しくつらいものだ。人間が生まれる前から多くの動物が死滅し淘汰されてきた。人類は生き残るために自然を作り変えてきた。これからも都合のいい自然を造り上げていくだろう。それを本来の自然と勘違いしていると、そのうち人類もたった一匹の天敵によって壊滅的被害を受けるときが来るかもしれない。 3月10日 風竜リンドビオル(Lindvior) lineageに出現する風竜リンドビオルのそもそもの出典は、ドイツに伝わる伝説の翼竜リンドヴルム。蝙蝠のような羽を持ち、流星のように早く空を飛ぶという。真っ白いリンドヴルムを見た人は幸せになれるという言い伝えがある。 今日は白いリンドビオルが拝めるだろうか。 3月9日 ケーゴのひと欠片。 新社会人が、変な敬語を使うというのはよくあることだけど、そんなことにいちいち目くじらを立てるほどのことかなと、私は思う。敬語を使おうとしている、という姿勢だけでも十分評価できる。敬意を示そうというその心が本質であって、敬語を使っていても敬意のひとかけらも無いような態度の人の方がよっぽど気になる。 そもそも、若者が(なんて書くと私が若者じゃないみたいだが)敬語を使えないのは、周りで正しい敬語を使っている人間が少ないからなのだ。周囲の人間が適切な言葉を使用する環境にあれば、自然と敬語だって身に付いているはずである。特に意識しないでも方言が口から出てきてしまうように。 自分たちのことを棚に上げて、若い奴は…なんていう大人にはなりたくないなぁ。 3月8日 王様は裸じゃないか! どういう訳か、自分が見たものや触れたものより、他人から聞いたことを信じる人が多い。テレビでやっていること、ネットに書かれていること、友人が言っていることの方が正しいと思う傾向にある。 小さい頃から情報にあふれ、自分から何かを発見することよりも、親や先生やテレビや教科書などから発信される情報を飲み込むことに精一杯で、それがあたり前で間違いが無いと思わされてしまっている。本当は間違いだらけなのに。 もっと自分の目を信じてもいいんだよ。 3月5日 無課金プレイヤーの価値。 リネージュが月額課金制だった頃、お試し期間として2週間の無料プレイ権がついていた。これは食品の試食や化粧品の試供品のようなもので、面白しろくてもっとプレイしたかったらお金を払ってくださいね、という戦略で行われていた。この頃は、リネージュというゲームを行う対価としてユーザーはNCJにお金を払っていたのである。つまり、プレイ権に対してお金を払っていたのだ。 MMO黎明期に大量の顧客を獲得し、その圧倒的なシェアをもって運営していた頃は、これで十分儲かるモデルであった。しかし、多種多様なネットゲームが参入してきたことにより顧客の減少は止まらず、運営戦略を変えざるをえなくなった。基本プレイ料金無料化である。今まで販売していたプレイ権を無料にし、代わりに経験値やアイテムといったゲームデータを販売することにしたのだ。 このモデルで重要になるのが、データの価値である。キャラクターの強さや、強い武器防具といったものを設定することはゲーム会社に出来るが、それらに現実的な価値を与えるのは実はユーザーなのである。大勢のプレイヤーがそれらのゲームデータに価値を認めているからこそ、価値があるのだ。 無課金ユーザーは企業にとってたいした利益をもたらさないと思われがちだが、実はとても大事なお客様なのである。プレイ人口が減ってしまうと、販売するデーターの価値が下がってしまうのだ。確かに課金ユーザーを大事にすることは大切だが、そのせいで無課金ユーザーをないがしろにしていると、データーそのものの価値が失われてしまうのである。人のいないMMOのデータにお金を払う人などいない。 リネージュは、もともと月額課金制だったおかげか、課金者と無課金者の溝は浅い。このバランスが実はとても重要なのである。お金を出せばすぐに誰よりも強くなれてしまい、課金者と無課金者に絶対的な越えられない壁があるゲームは、(最近のネットゲームに多い気がするが)すぐに廃れてしまうことだろう。 直接的には利益にならない無課金ユーザーをどれだけ囲い込めるか、それがゲームデータを販売するモデルでは重要になる。 3月3日 企業の社会貢献。 家の近所の自動販売機は、震災時に無料で商品が取り出せる機能が付いてる。激しく揺らしたら誤作動しないかしら、なんて不謹慎な想像をしてしまう。大手のコンビニも、震災時に無料で商品を配ったり、トイレを開放したりする。 ハイチやチリの大地震で大規模な略奪行為や治安低下が起こっていることが連日ニュースになっている。このような緊急事態の時には、モラルよりも生存が優先されるから、致し方が無い。日本でだってそんな状況下になってしまったら、そのとき法律は無力だ。ならば暴動により店舗や機械が破壊されるよりは、商品を放出してしまったほうが安くつくし、企業のイメージアップにもよい。実はそんな考えでこのような機能や措置が取られている。 企業の社会貢献はぶっちゃけて言えば、金儲けのために行われるのである。損をしないために行われるのだ。金儲けというとなんだか悪いことのように聞こえるかもしれないが、非難しているつもりは毛頭ない。金儲けこそが企業の使命であり、金を儲けるからこそ、社員に給料が払え、その家族が安定した生活を送れる。金を儲けようとしない企業は悪い企業だ、そんな会社はつぶれてしまってあたり前。金を儲けるからこそ社会貢献も出来る。そうやって資本主義社会はうまく回っているのだ。 3月2日 男の裸。 女性のヌード広告が減り、代わりに男性の裸を写した広告が広く目に付くようになった気がする。 90年代の終わりごろから男女平等の機運が高まり、女性を広告塔にする手法に非難が集まり始めた。商品の横で意味も無く水着を着ているようなポスターはその中で駆逐されてきた。それからどんどん女権拡張が進んで立場は逆転し、男性が裸になる時代になってきたのかもしれない。 今や財布の紐を握っているのは女性で、男に決定権なんかなくて、金も持っていない。以前は男性をターゲットとしていた広告が、今は女性をターゲットとした広告に取って代わったのだ。 そのうち、男性の裸を広告にするなんて!みたいな男権拡張運動が起こり始めるのかなぁ。 |