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4月28日 考えるな 悲しいかな、本当にこんなことを考えていそうな政治家がいるよね。 4月27日 朝三暮四。 売れ残った着物の値札に0を一つ足したらすぐに売れた、なんて逸話がバブルの時代にあった。 いまなら正規品にわざと傷をつけて、分けあり商品にしてから0を一つ足した後に、5割引で売ればいろんなものが売れそうなきがする。 物の価値を値段で測っている。5割引でいくらいくら得をしたなんて考えている。意外といろんなところで騙されているのかもしれませんよ。 4月25日 俺はうまく歌えているか 尾崎のように生きたくて、尾崎のようになりたくて、あがいていた。 もしもなになにだったなら、なんていう仮定は好きじゃないけれど、44歳になった尾崎の姿も見てみたかったな。 4月22日 強い指導者はエゴイスティックでなければならない。 そう、私のように。 4月21日 こんなはずじゃなかった。 つい半年前までは8割近い人が支持していたのに、今や3割を切る勢い。この差分の5割の人ってあまりにも無責任じゃないかとも思う。こんなはずじゃなかった、あんな人だとは思わなかったなんて簡単に口にする人が、5割もいるってこと。 確かに前政権はゴタゴタしたところがあった。でも冷静に判断すれば今の政権のマニフェストが実行できないだろうということぐらい選挙前からわかっていたはず。都合のいいときだけ応援して、都合が悪くなるとすぐに手のひらを返す、こんな無責任さが今の政権の無責任さを生んでいるのではなかろうか。 世の中はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだ。だけど、こんなはずじゃない世の中でも少しはいい結果を生むように、精一杯最善の選択をしようと努力しなきゃならないんだ。そんな努力もしないでこんなはずじゃなかった、なんて簡単に口にするなよ。 4月19日 一日だけ楽しみたいのなら、別のゲームをお勧めする。 4月15日 もしもあなたの知り合いに、いつも調子のいいことをいっていて、いざそのときになると、「あれ、そんなこといったっけ」なんていう人がいたら。 もしもあなたの知り合いに、収入の2倍も支出をして借金を繰り返しながら、それでも「大丈夫全然問題ないよ、なんとかなる」なんていう人がいたら。 もしもあなたの知り合いに、どんな大事な約束も簡単に反故にして、それでも平気な顔をしている人がいたら。 あなたはそんな人が信頼できますか?私はできません。ただそれだけの話です。 4月14日 ほんのひとときでも 自分がどれだけやったか 窓に映っている素顔を誉めろ (『Wow War Tonight〜時には起こせよムーヴメント〜』H Jungle with Tより) 電車の窓から外に広がる東京の街並みを見ていた。どこまでも続く高層ビルやマンションの街並み。その一つ一つの窓に、今まさに仕事をしてる人がいて、家族と食事をしてる人がいて、ケンカしてる人やSEXしてる人だっているだろうし、リネしてる人もいるんだろうな、なんてことを考えていた。 そんなことを考えていたら、ふと窓に映っている自分と目が合って、気づいたら歌を口ずさんでいた。 歌にはやっぱりすごい力があると思う。すべてを吹き飛ばす圧倒的な力が。 4月13日 公務員は悪なのか。 大企業が大規模なリストラを実行すると非難するのに、公務員の人数を数万人単位で減らす政策には非難が巻き起こらないのはなんでだろう。公務員は公務員というだけで悪なのか。 東大の入学式で新入生に将来なりたい職業を聞いたところ、官僚と答えた人は小数だったそうだ。官僚に対するイメージは今や最悪である。東大生が必ずしも有能であるとは思わないが、全体的傾向として公務員の地位が下がりすぎて、有能な人材が集まらなくなってしまったらそれこそ大変なことになるのでは? 優秀な人材がそれに見合う対価を得ることは一般企業であればあたり前のことである。問題なのは公務員制度が一律の報酬しか認めていないという点であって、本当に国のために尽力しその対価に見合う能力を発揮しているのなら、天下りでも高額報酬でもくれてやったらいいと思う。 感情論で、自分より多くの報酬を得ているのはおかしいと非難するのは、長い目で見たら日本のためにならない。 4月12日 散り際の美学。 桜の花が咲いていることよりも、桜の花が散り行く様を見て美しいと感じる心がある。失われていくもの、消えゆくものを美化する文化だろうか。美しく散ることに対する羨望を誰しもが抱く。最期ぐらいは綺麗にと。 何かが失われることに対する感情を「悲しい」というのならば、「悲しい」と「美しい」は日本人にとってとても近い感情なのかもしれない。 4月8日 尊重の欲求。 他人の役に立つ仕事をしたいと思う人が増えているそうだ。どんな仕事だって、どっかで誰かの役に立っているように思うのだが。もっと直接的に他人から感謝されたい、他人から認めてもらいたい、ということなのだろう。 高望みさえしなければ、たいていの欲しい物は手に入る豊な時代に生きていて、物つまりお金よりも自分が社会から価値ある存在として認められ、尊重されることを望むことが多くなっている。 しかし裏を返せば、現状では他人からの評価が得られていないということではないのか。他人の役に立ちたい、他人を助けたいと思う人は、実は自分が助けてもらいたいとの無言のSOSを発信している人なのかもしれない。そんな人が増えているのだとしたら。 物質的には豊になったけど、精神的には貧しくなった、なんて陳腐な表現を使いたくは無いけれど、今の日本ってやっぱりそうなのかなぁ。 4月7日 仮想現実から拡張現実へ。 コンピューターゲームはCGを駆使して、よりリアルでより美しい仮想世界を作り出す方向で進化を続けてきた。ファミコンからスーファミ、プレステ、プレステ2と次世代ゲーム機が生まれるたびに処理速度は上がり、そのほとんどは画像処理に使われている。 しかし、プレステ2の次のゲーム機がDSだったように、ここいらが打ち止めだろう。緻密で美麗な映像を作るには、膨大なデータが必要になる。スタッフロールを眺めているとわかるが、メインプログラマが2、3人に対して、グラフィッカーが20、30人なんてことはざらだ。下請けに外注もあたり前で製作費のほとんどはグラフィックに費やされているのではないか。 ゲームの中に仮想の街を作り上げる労力を考えたら、実際の世界をデータとして取り込むほうが何倍も効率がよいだろう。これからはその取り込んだ世界を元に、さらにデータを追加していく拡張現実型のゲームがでてくるのではないかと、iPhoneのアプリ『セカイカメラ』を見ていて思った。 (『セカイカメラ』とは、ドラゴンボールのスカウターのようなものを想像してもらうとわかりやすい。スカウターを通して相手を見ることで数値が表示されるように、iPhoneのカメラを通して風景を見ることで、そこに色々な情報が追加表示されるという機能である。) 『グーグルアース』を使って、面白い形の建物を探したり、かくれんぼをしたりすることが一時期流行ったが、実際の街や風景を取り込んで面白いことがもっともっとできそうな気がする。これからは、カメラを持って外にゲームをしにいく時代が来るかもしれない。 4月5日 多くを望まない。 寒くなければよい、腹が減らなければよい、柔らかいベットが無くても眠たいときに眠れればよい、多くの人に好かれたいとも思わない、痛くなければよい、苦しくなければよい、お金が無くても時間があればよい。 平凡に生きている、それでも毎日少しづつ楽しいことがある。それだけでよい。 4月2日 ウソとホント。 昨日はエイプリルフールでしたが、誰かに嘘をつきましたか。私はゼッタイニダマサレナイゾと身構えていたのに、誰もエイプリルフールを仕掛けてこなかったという、肩透かしで一本負けという結果でした。 嘘をつく上で大事なことは、相手が信じたいと思う嘘をつくことです。人間は、たとえ本当のことをいっても信じたくないことは絶対に信じません。ところが嘘でも信じたいと思っていることはコロッと信じてしまうものです。ホントのようなウソは信じてもらえるが、ウソのようなホントは信じてもらえないのです。 政治家の説明責任という話がこのところよく持ち上がりますが、本当のことを言おうが嘘をつこうが、自分は潔白だという以外の回答はありえません。そしてどんなに説明を尽くしたとしても、結局相手が信じたいと思っている話しか信じてもらえない訳で、結果説明責任が果たされたと感じられることは絶対に無いのです。これが「ウソのようなホント」の話。 逆に、実際は潔白なのに「実は私がやりました」なんていう嘘をつくと、一発で全員を騙せてしまうことでしょう。エイプリルフールのネタとしては最強かもしれませんが、ウソだと信じてもらえないので、困ることでしょう。これが「ホントのようなウソ」の話。 以上のような点に注意して騙しのテクニックを磨きましょう。そして来年こそは、誰か私を騙してください。放置プレイ厳禁。 |