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4月30日 隣の芝生は必ず青い。 スーパーでレジ待ちの行列に並ぶと、どうしても隣の列の方が早く進む気がする。一番空いている列、並んでいる人のカゴの中の商品の量まで計算して並ぶのに、やっぱり隣の方が早い気がする。こういう心理を心理学的にはなんと呼ぶのだろうか。 だからシェリちゃん今日は気分を変えて一番長い列に並んでみたんだぜぇ〜。 でも、逆に気分はすっきりした。何人に抜かされるのだろうと、楽しくなった。自分の不幸を変えるのは、こういうことなのかもしれない。現実は変わらなくとも、気の持ち方、見方、考え方を変えることで、意外とすっきりするものなのだ。 4月29日 強敵と書いて友と読む。 今の初心者に足りないものは、レベルでもアデナでもなく同じ高みを目指すライバルだ。アイツより強くなりたい、あの人の行けない所に行って見たい。初期の頃はこういった感情がモチベーションにつながっていた。そういった届きそうで届かないライバルがいたからこそ、続けてこれた気がする。 あなたが初心者の頃にライバルはいましたか? 4月28日 デザインとは実用性のその先にあるべきだ。 優れたデザインというものは必ず機能美を備えている。美しいとか格好いいとかの前に使い勝手が良くなければ、すばらしいデザインとはいえない。デザインのために実用性が損なわれるのなら、それはただの製作者のエゴだ。 格好のいいキャラを作り、派手なアクションを付けて見ました。結果、フレーム数は多くなり処理速度が落ちましたが、美麗なグラフィックにはなりました。というのではそもそもお話にならない。 何故DK変身が好まれているのかが、これだけの企業でわかっていないとは思えないのだが・・・。軽くて動きやすく、余計なモーションでちらちらしたりしないからなのだ。その先にシンプルで格好いいというデザインがある。 日ノ本も75や80変身も一番大事な実用性という部分が欠けている気がしてならない。 4月25日 言葉や仕草ではいくらでも取り繕えるが、実際はどうしようもなく不細工でしかありえない。 それが自分自身というものだ。 4月24日 謝らない奴よりも、謝りすぎる奴の方が嫌いだ。 私の場合、謝らない奴はそれほど気にならない。謝られるほど自分が高尚である気もしないし、自分だって気づかないうちに他人にいろいろ迷惑をかけているだろうからお互い様だと思う。謝罪の言葉よりも、その後どうするかの方が重要だ。同じ失敗を繰り返さないために具体的に何をするのか、何に気をつけるのか、そこを自問することが言葉よりもずっと大事なことなはず。 謝りすぎる奴っていうのは、結局言葉だけなことが多いから嫌いなのだ。何かというとすぐ謝る。謝ってさえおけばそれで問題がないと考えているのだろう。謝ったんだからいいじゃない的な。謝罪することで自分を弱い立場に置き、それ以上責められないようにする手法。次もそのまた次も同じような失敗をして、また同じように何度も謝る。謝ることを苦に感じていないし、謝罪の価値が低い。 とか書いてたらもっと嫌な奴を思い出した。いちいち謝罪を求める奴。 4月23日 にんにくはどこから臭くなるのか。 オリーブオイルでじっくりとにんにくを炒める。油の音と共ににんにくのいい香りが広がり始める。こげる手前のあめ色になったにんにくをキッチンペーパーの上に取り出しながら考える。 料理として出されるにんにくの香りはいい匂いなのに、なぜ体内に入り口臭や体臭として発せられると不快な匂いとして捉えらえるのだろうか。 半分ぐらいはイメージで匂っているのかもしれない。イケメンは何を着せても格好よくなるけど、オヤジが同じものを着ると格好よくならないように。脂ぎったおっさんの口臭は5割り増しで感じるのかもしれない。 そうか、そうか、それでか。結構にんにくを料理で使うけれどもにんにく臭いと思われたことがないのはそのせいか、納得。 4月22日 社会主義的ボス。 ボスの独占が起きないよう、少人数での討伐が不可能なボスを作った。アイテムの偏りが無くなるよう、参加者全員に同じ報酬が配られるようにした。なるべく平等に、できるだけ公平に調整したはずのボスが、蓋を開けてみればすぐに誰からも相手にされなくなった。 ENDを賭して戦った者も、遠くからほとんど見ていただけの者も、同じ報酬ならばまともな参加意欲など湧くはずもない。完全な平等を目指した結果、とてつもなく不平等な化け物が生まれてしまったのだ。 がんばった者ががんばった分だけ認められる世界を、がんばらない者たちが否定する。何かを手に入れたいなら、何かを差し出さなければならない。独占だって傍から見てるほど楽じゃない。 4月21日 哲学的笑考 ぼくのはなしはつまらないのだろうか 4月18日 オフれぽ最終回 あの手(アイス)この手(クリームパン)で餃子をあきらめようとさせるも、説き伏せること叶わず、亀戸へ。 五戦目 亀戸餃子@亀戸 餃子 すでに胸焼け状態で餃子はきつかった。酢とビールでさっぱり感を演出しつつ何とかノルマの10個をつめこむ。その横でたけぞは2皿追加注文しておりました。味は餃子でした。うん餃子、特筆すべき点はなし。3勝2敗。 最終決戦の地上野へ戻り。上野公園を散策。西郷隆盛の銅像は印象よりコミカルでした、五頭身ぐらいかも。新国立美術館前ロダンの考える人、地獄門は休館だったため外から覗き込むだけ。オフ恒例きうきうに突撃生電話。やっぱり事務所でさぼってました。上野東照宮、近づいて見たら改装工事中で垂れ幕に絵が書いてあるだけでした。外人さんの絵馬がいっぱいあって上野を感じる。不忍池をぐるっと回って、休憩のためドトールへ。 間奏戦 ドトール@上野 コーヒー コーヒー一杯で一時間以上粘り、リネのことなどを話す。何とかお腹がこなれてきたところで最終戦へ。 六戦目 武蔵野@上野 とんかつ うまい、でかい、やすい三拍子揃った上野ではいきつけのとんかつ屋。値段的に上質の肉を使っているわけではないのだろうに、すばらしい調理技術で肉厚のやわらかさくさくとんかつに仕上げている。しかもそれをおごることなく低価格で提供している職人の心意気に脱帽。ご飯半分ととんかつ1/3はたけぞの胃袋へ。最終戦績4勝2敗。 最後は面倒になり適当に流して書きましたが、雰囲気は伝わりましたでしょうか。どこか興味のある店がありましたら、次回東京オフでご案内しましょう。みんなカムカム。 4月17日 グルメれぽその2 朝のお台場は人気が少なくひっそりとしていて、海浜公園(写)もほぼ貸切。波打ち際で戯れる。自由の女神(写)ちっちゃ!アクアシティにあった白熊の像(写)にたけぞが異常反応。フジテレビへ行くも球体展望室(写)はお休み。でかい羊の頭があるなぁと思ったらメリー号の頭部(写)でした。踊る大走査線の撮影現場(写)がいっぱいあったらしい。近場で済ませてるのね。美神の門(写)にいちゃもんをつけつつ、ダイバシティーへ。等身大ガンダム(写)はまだありました。実物大でみるとやっぱりガンダムはカッコいい。最近の羽とか角とかついてるガンダムはロボットっていう感じがしない。(写はたけぞが写真を撮っていたので、みていたら掲示板にあげるように!)文字通りお台場を駆け抜けて、豊洲から月島へ。 三戦目 蔵@月島 もんじゃ焼き 月島のもんじゃロード。道の両側にもんじゃ焼きの店がずらーっと並んでいます。が、さすがに月曜の昼前という時間帯のせいか、半分ぐらいの店はシャッターが閉まっていました。お目当ての蔵は開いていたので、特に迷うことも無く入店。ド定番のもち明太もんじゃと、お店お勧めのクリーム豚もんじゃを注文。東京ではお好み焼きとかもんじゃ焼きは自分たちで焼くのが一般的なスタイルですが、他の地域では店の人が焼いて持ってくるのが当たり前のようで珍しかったのか、私がもんじゃを焼くのを不安そうな顔で見ていました。出来上がりも想像していたのとは若干違ったようで不思議そうに食べていました。もち明太が気に入ったようです、もう一枚食べたそうにしていましたが、まだまだあるので退店。2勝1敗。 月島から恵比寿へ。恵比寿ガーデンプレイスへ向かうスカイロードの動く歩道でおおはしゃぎ。気分はBPナイト。ガーデンタワー38階から下界を眺める。このときたけぞを悲劇が襲ったのですが、それは内緒の話。恵比寿ビール記念館を経て、肉の三連戦へ。 四戦目 俺のハンバーグ山本@恵比寿 ハンバーグ ハンバーグセットにしてはやや割高の1600円大きさも小ぶりで、逆に助かる。ただその値段に見合う味でした。今回の食べ歩きではここが一番美味しかった。上質の寿司は口に入れた瞬間にシャリがほろりと崩れるというが、このハンバーグも切り分けるときには崩れず口に入れた瞬間に崩れるという絶妙の固さで、ファミレスのハンバーグがつくねに思える味。入店前から結構お腹いっぱいでしたが、完食。ごちそうさまでした。3勝1敗。 ここで私はダウン。お腹がパンパンで動けなくなり、店の外の木陰のベンチで小一時間昼寝休憩。まだあと2軒もあるのに大丈夫なのか!立てよシェリ!負けるなシェリ!(まだまだ続く) 4月16日 どうしてお腹がすくのかな。昨日あんなに食べたのに。ということでオフれぽ行って見ようっ! 7時に東京駅銀の鈴広場付近で待ち合わせ。前回の名古屋オフのときは体調が悪く。たけぞの顔をほとんど覚えていなかったので(シルエットだけは何とか記憶)すんなり会えるかどうか不安でしたが、たけぞの方で覚えていてくれたみたいで、すんなり合流。記憶より一回り大きくなっているような。改装工事の終わった東京駅駅舎を見学しつつ一軒目の店へ。 一戦目 六厘舎@東京駅 つけめん 濃厚魚介豚骨に極太ストレート麺、極太のつけ麺を流行らせた名店。流石の知名度なのかな、開店時間に合わせて店に着くとすでに10名ほど並んでいました。ラーメンはある程度のレベルに達すると、あとはもう個人の好みの問題で、そしてその個人的好みを言わせてもらえれば、つけ麺には食べるたびにスープが冷めてしまうという致命的欠陥がある。最初のひと口ふた口の美味さを持続できない。半分食べたところで後のことを考えて残すことに。たけぞは汁完してました。そんなに飛ばして大丈夫なのか心配に。0勝1敗。 東京駅から銀座方面に徒歩で移動。たけぞは前日歩き回ったそうで足がつらそう。途中から地下鉄に乗り換え銀座を飛ばして築地へ。せっかく平日に築地にこれたのだから、プロが集まる場内市場へ突入。 二戦目 鳥藤@築地場内市場 親子丼 鶏肉問屋直営の鳥専門店。普段食べている鶏肉がゴムの塊に思えるほどのやわらかい肉質。惜しむべきは調理がうまくいかなかったのか、しょっぱいところと甘いところと味むらがあった。それでも気づけば完食。鳥メシやぽんじり丼など他にも食べたいメニューが機会があれば再訪してみたい。1勝1敗。 このあと築地場外市場でナポリタンを食べる予定だったが、すでに満腹信号がびしびし出ていたので、後ろ髪ひかれるたけぞを引っ張って、お台場観光をすることに。汐留駅付近で何かのロケ現場に遭遇、芸能音痴の私には全員ADに見えました。たけぞに聞いたところ有名人がいたとのこと。汐留からゆりかもめに乗り、レインボーブリッジを通過してお台場へ。 これってオフれぽじゃなくてグルメれぽじゃないかという疑問を抱きつつ明日へ続く。 4月15日 オフれぽ速報 四勝二敗 オフ参加者様おつかれさまでした。一日に6戦もしたのは初めてでした。3日分は食べた気がします。 満腹で眠いなんていう幸せを感じながら今日は就寝します。満漢全席に襲われる夢を見そうな気配。 4月14日 絶食なぅ。 明日は、久しぶりの東京オフです。いつものように催行人数2名なのでオフといえるのか微妙ですが。毎回行き当たりばったりの散々な東京オフですが、おいしいものをたらふく食べたいとの意向により飯屋を5軒回るコースを設定。どちらにしても小食な私には散々なような。 人間ドック前日のように明日に備えていますが、二軒目で早くも敗退の予感大です。睡眠や満腹を貯めておける機械を誰か発明してノーベル賞を取ってください。できれば明日までに。 オフれぽも見たいぞというあなたは掲示板に一言どうぞ。なんなら明日参加してやるぞという人も一言どうぞ。 4月11日 ウィンドウズ8。 知り合いにノートPCを買い換えたんだがよくわからないから設定をしてくれと頼まれて、初めてWIN8に触れてみた。その変わり様にビックリ。起動すると見慣れたデスクトップ画面が無いのだ。今までのウィンドウズとはまるで違うスタート画面。タッチパネルで操作することを前提とした作りになっていて、一つ一つの操作に戸惑う。まさかシャットダウンにすらてこずるとは思わなかった。 新OSだからといって、タッチパネルのついていないノートやデスクトップにWIN8を搭載して売るのってどうなのだろうか。どうみてもこれはタブレット端末向けのOSであってマウスで操作することはあまり考えられていないような気がする。慣れれば使いやすいのだろうか・・・。 結局話し合った結果、旧来のデスクトップ画面を起動時に表示するアプリを入れることに。というかそんなことすらもOSの設定ではできないのだからあきれてしまう。シャットダウンも分かりにくいのでシャットダウンするためのアプリを入れるという悲しいことに・・・。 XPのサポートがそろそろ終了するけれど、新PCを考えている人は一度WIN8を触ってみてから買い換えることを推奨します。 4月10日 インターネットの時効。 関西の大学の学生らがUSJで悪乗りをして迷惑をかけていたことが、ここ数日紙面をにぎわせている。新聞やテレビのニュースがいくらそれほどのことではないと実名報道を控えても、今の時代ネットで検索すれば一発でばれてしまう。 人の噂は75日などと言うけど、ネットの情報は一度流れて拡散してしまったら消す手立ては無い。今はどこの企業でも採用者の氏名をネットで検索するぐらいのことはしているわけで、一度話題になってしまったら少年時代の出来事だろうが、出来心の軽い罪だろうが、現在は反省し立ち直っていようが関係はなく、確実に露見するだろう。 この先物凄い不利益を背負って生きていかなければならなくなる。また、それほどの重いものが掛かっていると認識して行動を起こしたとも思えない。ネット上では罪の重さ軽さではなく話題性の大小で裁かれなければならないのだ。これだけの大きな話になってしまうと10年後だろうが20年後だろうが消えることはないだろう。ネットには時効のような気の効いた制度はないのだから。 それでもこの場合はまだ自業自得だという見方もできなくはないが、ネットの情報はなにも犯罪に纏わるものだけではない。重大事件の被害者であったり、いじめなどの中傷、障害やマイノリティのような自身の責任でない情報もまた大量に流布している。そのことで採用を見送られたり、人間関係がおかしくなったりしたとしたら、なんともやりきれないだろう。 4月9日 他人から好かれるためにはどうしたらいいだろう、なんてことをじくじく考えている奴は、他人から好かれない。 4月8日 入学式。 小学校から中学校へあがるときに北海道から東京へ。高校に入学するときに都内から多摩へ。大学に入るときに家を出て一人暮らし。私の入学式は新しい学校とともに、新しい土地での生活の始まりでもあった。 同じ小学校からあがってきた奴らが自然と同じグループを組み、互いのグループからアイツは別のグループの奴と思われていた中学の入学式。いっそ転校生だと紹介された方がまだましだったかもしれない。 高校は、中高一貫教育の学校に高校から外部入学。中学までは学ランが制服で高校からは服装が自由の学校で、そこは気に入っていたんだけど、入学式には周囲がほとんど学ランの中一人ブレザー姿。入学式の集合写真を見ても、顔が引きつっているのがよくわかる。 入学式はいつも不安との負け戦だった。新しい生活への希望とか、絶対誰かに話しかけるぞと思っていた前日までの決意とかはもろくも崩れ去り、そそくさと学校をあとにして、とぼとぼと帰る。そんな記憶しかない。 だからこそわかる。少し大きめの新しい制服に身を包み、足取り重くうつむき加減に少し前を歩いていた少年よ、お前も大丈夫だって。今は後ろからひっそりとエールを送ることしかできないけど、がんばれ〜。がんばれっ! 4月7日 夢。 日本の研究所が人の夢の解読に成功した。こんなニュースを読んで、そういえば昔そんなことができる機械が売り出されないか、なんていう話をここに書いたなと思って過去ログをあさってみたら、5年前の正月の話だった。 5年前にはドラえもんのひみつ道具レベルだった話が、今では現実になりつつある。人が想像する夢が実現するスピードとして5年は長いだろうか短いだろうか。ただ、思い描いていた時には感じていなかった、夢が実現してしまう恐ろしさのようなものは、今確実に感じている。 他人の見ている夢をちょっとのぞき見る程度の遊び心なら可愛いものだが、夢の内容がわかるということは、つまり起きているときに考えている内容もわかってしまうということではないのか。 他人が考えていることが分かる。これほど興味をそそられることも他には無いだろうが、逆に言えば、自分の考えていることが他人にも分かるわけで、これほど恐ろしいことも無いだろう。 寿司が食いたいだとか、焼き肉が食いたいだとか、A5ランクの和牛が是非食いたい、シャトーブリアン食ってみたい!だとか、今考えていることを読み取られたら嫌だなぁ。とか書いたらウケるかな、なんて考えてることも読み取られるのか。 4月4日 国民栄誉賞。 まっとうな神経を持っていたら、イチローや野茂を差し置いて、国民栄誉賞を貰うなんて怖くてできないよね、なんていう話をしていたら。まっとうな神経を持っていない長島監督に一緒に貰おうと喜ばれて、断るに断れなくなってしまったのだろうという鋭い指摘をされて、なるほどと思った。そう考えると、松井もとんだ災難だったかもしれない。 そもそも、「国民栄誉賞」なんていう物物しい名称が良くないのかもしれない。時の総理大臣がなんとなく話題づくりのために送るだけの賞なのだから総理大臣賞ぐらいの軽い名前にしておけば、貰う方もすんなり喜べるのではないだろうか。 不透明なよく分からない審査のうえいきなり「貴方は広く国民に敬愛されているので送ります」とか言われても困る人のほうが多いと思う、というかそれぐらいの人格者でなければ候補に挙がって欲しくない。 個人的に名前負けしてないなと思うのは、王貞治、美空ひばり、黒澤明ぐらいかなぁ。 4月3日 春の嵐 本日の東京は、物凄い突風と横殴りの雨、冬に戻ったかのような寒さでした。卒業シーズンに記録的な早さで満開になった桜も、この分では記録的な早さで散ってしまったのではないかと心配です。 卒業式の定番になっている桜ソングというものが数多く存在しますが、思えば東京では記録的な早さで桜が咲かない限り、卒業式に桜が咲き乱れているということはないのですね。 自分の中では、卒業式といえば桜が満開になっているイメージでしたが、実際はどうだったのだろうかと、自分のときのことを思い返して見てもあまり記憶が定かではないのです。みなさんの時はどうでしたか? 4月2日 甲子園の土。 甲子園の土を記念に持って帰るという風習が高校野球にあるのは知っていたが、小さなビンみたいなものにマウンドの土を少し詰めて持って帰るようなことを想像していた。実際にそのシーンを見て壮絶なドラマを感じた。 たくさんのカメラマンやリポーターに囲まれて、敗戦チームのメンバーがベンチ前の土を土嚢でも作るかのごとくかき集めシューズ袋に泣きながら詰めている。こんなに持って帰ってどうしようかとか、こんなところを撮られて恥ずかしいとか、毎日誰かがここに土を補充しているのだろうなみたいな、そういう冷静な考えを吹き飛ばしてしまうほどの感情がそこに垣間見えた。ただ土を持って帰らなければならない、という高校野球の本能とでも言うべきものに、体を衝き動かされているだけに違いない。 悔しさのあまり周囲が見えなくなるほど自我を失った、という経験は私には無い。それほどのものがこの先見つかるだろうか。 4月1日 Trust me,but don't believe me.(私を信用しなさい、でも信じてはいけない) エイプリルフールだからといって無理無理嘘をついている奴らなんて、ちゃんちゃらおかしい。毎日毎日嘘を吐き続けているエブリデイフールな私にしてみれば、4月1日ぐらい嘘をつかない日にしてもいいぐらいだ。というのも嘘だけど。 というのも嘘かもしれませんよ。ここに書いているだけでは口だけと一緒ですから。 |