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知らなければ惜しくない。 やらなかったこと、やれなかったことを後悔してもつまらない気持ちになるだけ。 そんなものはもともとなかったのだと思えば惜しくも無い。 これからやることだけ考えていこう。 1月29日 素晴らしいムスカ君!キミは英雄だ、大変な功績だ。(『天空の城ラピュタ』より 閣下役 永井一郎) ルパン三世役の山田康雄氏の訃報を聞いた時が最初のショックだっ た。アニメのキャラクター達は永遠に年も取らず、何度でも甦りスクリーンの中で生き続けると勝手に思い込んでいた。代わりに登板した栗貫のルパンの声を 聞いてこれはルパンではないと思った。不滅のキャラクター達が声を失うことで、その輝きを削がれることを知った。 ドクロベエ、目玉の親父、銭形警部、ラオウ、ピッコロ大魔王、古代進、日向小次郎、そして今回磯野波平役の永井一郎氏。挙げればきりがないほど多くの声が失われている。 キャラクターを生み出すのが作者なら、その体に魂を吹き込むのが 声優だと思う。時には作者の思惑すらも超えて一つの個性を生み出してしまう力がある。ケンシロウの「お前はもう死んでいる」(原作では一回しか使われてい ない)だとか、ボヤッキーの「ポチッとな」(アニメ版のアドリブから生まれた)など。名声優が生み出した名台詞は多い。 自分の中でアニメの名シーンや名台詞は、文字ではなく音として認識されている。その言葉を生み出したのは作者かも知れないが、その音を生み出したのは声優なのだ。だから作者が死んだのと同じぐらいそのキャラクターの声優を失うのはショックなのだ。 最後になりましたが、永井一郎氏のご冥福をお祈りします。「ばっかも〜〜ん!」 1月28日 同族嫌悪。 1月27日 世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。 (草薙素子『攻殻機動隊』より) 待遇に納得がいかないから食品に毒を混ぜる。仕事に行きたくないから職場に火をつける。なんて身勝手な事件だろう。経済的に困窮し将来が不安だからと、その原因を社会や他人に求め、そのはけ口にする人がいる。 大地震でも起こって一度社会が激変してしまえば自分だってやり直せるんだと思っていたり、いつか宝くじが当たって一発逆転するんだと本当に夢見ていたり。こんなはずじゃない、自分が不遇なのは周りが悪いからだといつでも外に理由を求めている。 世界は残酷だし、世の中は不公平なんだ。人それぞれ立場は違えど誰もが少なからず思っていることじゃないか。誰もが公平に不公平を感じている。その不満を自分にぶつけて力に変えるか、外に向けてただ発散するだけなのか、そこが大きな違いだ。 リネで言うなら、仕様が変わってもただ嫌だ嫌だと喚くんじゃなくて、新しい狩場を探したり楽しみ方を変えてみたりしてみればってことさ。時々リネの話もしないとここが何のHPだかわからなくなるからな。 1月26日 怖いもの嗅ぎたさ。つい怖いものや苦手なものを見てしまいたくなることがあるように、臭いとわかっているものの匂いをわかっていても嗅ぎたくなることもあると思うんですよ。 浴槽でプカっと浮いてきた自分オナラの臭いをまともに嗅いでしまうってことありません? 1月23日 痛感という言葉の意味を痛感する。特に思い当たる節もないが、いつの間にか腰が痛くて、軽いぎっくり腰だろうと言われた。 仰向けのまま起き上がることができない。一度横にゴロンと半回転してうつ伏せになったあと、手と膝の力でゆっくりと起き上がらなければならない。物を拾う、靴下を履く、普段何気なく出来ていることができない煩わしさ。 自分の身にだけはどんな不幸も決して振りかかることはないと信じてきた傲慢さを痛感する。 1月22日 再開してから一年。こんなにも外に向かってアピールしたい自分がいたと言うことに素直に驚く。 他人に興味が出てきたというのは、進化だろうか劣化だろうか。 1月21日 合格商法。ここ数年この時期になるとコンビニやスーパーのお菓子コーナーに合格祈願関連の商品がたくさん並ぶようになった。 木から落ちないコアラのマーチ。試験にウ・カール。トッポじゃなくてトッパ。キシリトールできっちり通る。キットカットできっと勝つ。ポッキーを後ろから読んで吉報と、ここらへんまで来るとこじつけすぎではないか。 人間の不安や恐怖につけ込む商売というのはあまり好まない。験を担ぐというのは自分で自分を律するから効果があるのであって、他人からとやかく言われてそうするものでもないと思うのだ。 本気で受験生を応援したいのなら、ここらへんの一流企業がしなければならないことは学歴にとらわれない採用試験をすることだろう。 1月20日 見たことも無いもの見てみたいな くじらのダンス北の国のオーロラ アリンコの涙 いつかきっと見れるよね (鳥山あかね『鈴与グループCMソング』より) 見たことあるようで見たことないもの。 語尾にアルネをつける中国人。 長靴を釣り上げる人。 パンをくわえて走っている謎の転校生。 バナナの皮で転ぶ人。 ギャートルズの肉。 そういえば、ギャートルズの肉は通信販売で買えるらしい。他のもいつか見れるのだろうか。 1月19日 早起きは三文の得。江戸時代の一文の価値は、今でいうところの30円ぐらいらしい。とすると、だいだい早起きすれば100円ぐらいの得になるということか。 しかしこうも、朝早く起きても布団を出るのが辛い寒い日が続くと、100円ぐらいだったら逆にこっちが払ってもいいからもっとぬくぬく寝ていたいと思ったり。 実はこのことわざの真の意味は、早起きしてもたいした得にしかならないのだからもっとゆっくり寝ていなさい、という意味なんじゃないだろうか。 1月16日 こんな上司は嫌だランキングにいちいちボケて絡んでくるメンドウクサイ上司というのがあった。 私は面倒なのでしょうか。忌憚ない面倒じゃない意見をどうぞ。 1月15日 喧嘩は和解してからが大変。 1月14日 黒子の総理。出馬する元総理より、出馬しない元総理の発言のほうが目立っているってどういうことなの。 やりたいことがあるなら自分で出ればいいのに、そんなに負けるのが怖いのか。 1月13日 たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人!(『名探偵コナン』青山剛昌より) 自分のことを、子どもだと思っている子ども 大人だと思っている子ども 子どもだと思っている大人 大人だと思っている大人 どの生き方が一番救われるだろうか・・・ 1月9日 賽銭箱に 100円玉投げたら 釣り銭出てくる人生がいい(『RUN』長渕剛より) 釣り銭が出てきたり両替ができたりする賽銭箱はできなかったが、 電子マネーが使える賽銭箱が初めて東京・虎ノ門の愛宕神社に設置された。金額を入力しタッチするとシャリーンと音がしてお賽銭ができるという。ただ、設置 に対しては賛否両論あって、ご利益がなさそうと否定的な意見が多かったらしい。 しかし、そもそもお賽銭の起源をたどれば、神様にお米やお酒を捧 げていたものが貨幣社会になるにつれ人間様の都合でお金に変わっていったわけで、冷静に考えれば神様が紙や銅のお金なんてもらったって喜ぶはずはない。神 様がコンビニでお金を出して買い物していたらシュール過ぎる。昔の人から見ればお金なんて供えやがって失礼過ぎると見られてもおかしくない。 インターネット参拝が話題になった時にも否定する人は多かったが、こういう形式というのは時代や生活環境によって変わっていくものだからコレはコレで私はありだと思う。5円玉を投げたいという人は投げればいいわけだし特段否定するようなものでもない。 伝統を固持するのはある意味たやすい。変化を受け入れる懐の広さも神様には持っていてもらいたい。 1月8日 ゆるキャラ。ゆるキャラがゆるくなくなっている。雑でテキトー、設定が煮詰まっていないというのが、ゆるキャラのゆるキャラたるゆえんだった気がするのだが。 小綺麗なかわいいきぐるみを作って、特産品を持たせておけばゆるキャラになって町おこしになると考えている小役人が多すぎるのではないか。 足りないのは、いい加減さだったり、バカ加減さだったり、おいおいなんだよコレと突っ込みたくなるゆるさなのだ。カワイイだけのものなら世の中に溢れかえっている。 1月7日 意見。 正しい意見が正しいからといって受け入れられるとは限らない。多数意見が必ずしも正しい意見だとは言えない。 正しい意見がいつまでも正しいかと言われるとそうでもない。 だから自分の意見を持てば良い。 他人の意見とは違うことにこそ価値がある。 1月6日 目には目を歯には歯を(ハンムラビ法典)「目には目を」の本来の趣旨はやられたらやられたのと同じ程度の報復で留めておきなさいということだった。それ以上の報復を禁し、際限のない報復合戦を防ぐ意味があって、仕返しを推奨していたわけではないという。 「倍返し」なんて言葉が流行っているけど、今から約3700年も前にこんな公平性や平等性を考えていた人達がいたんだと思うと、人間の進歩ってなんだろうと深く考えざるをえない。 1月5日 信じる者は救われる、ということは裏を返せば信じないものは救わないということか。神様も案外心が狭いな。 1月4日 今年も残りあと僅か362日となってしまいました。新年あけましておめでとうございます。 正月だからって、一日中電車は動いてるんだよね。一日中電車を動かしてる人がいて、一日中 開けている店もあって、正月なんか関係なく働いている人はいっぱいいて。だいたい神様って奴は何で人間の決めた暦を律儀に守っているんだろう。地球の公転 周期に縛られる程度の力だってことか。独り身なので正月も関係なく働かされた男の愚痴でございました。新年早々こんな調子ではございますが、今年も一年よろしくお付き合いください |