|
やめろと言われて本当にやめる奴があるか。 つい無駄にならないことだけやろうとしてしまう小賢しい自分がいたりして、 いつから自分はすべての結果が見通せるほど賢くなってしまったのだろうか。 ちょっと無理かも、と思ったようなところに意外な楽しさだとか再発見し、 損をするから、と避けていたところで思わぬ見返りを得る。 計算外が面白い。 2月26日 船頭多くして船山に登る。 日本フェンシング協会は助成金について不適切な会計処理があったと、20人の理事全員が辞任することを発表した。 私的流用はなく全て選手の強化費に当てていたという。マイナースポーツで収入はほとんどなく少ない補助金のやりくりに苦労して、というのはわかるし仕方ないと思うが、このニュースで一番問題にしなければならないのは20人も理事がいたことではないだろうか。 会費などの実質的収入は2000万円で残りは全て助成金という協会に、20人の理事の人件費だけでいくらかかっているのだろう。一人年収100万のワーキングプアとしてもそれだけでも債務超過ではないか。新たに15人の理事を選ぶというが、そんなに必要なの? 協会をスリムにして選手を強化するのが筋だろう。ニートメダリストとして一躍有名になった太田雄貴選手にでも理事の椅子くれてやれよ、と思わないでもない。 2月25日 やればできるは、できないのと一緒。 2月24日 誰にも届かない言葉というのは哀しい。 どんなつまらない言葉でも、聞いてくれる人がいるというのは幸せだ。 (『驚愕遊園地』有栖川有栖より) 暗い部屋に向けられた「ただいま」、テレビに向かってつぶやかれる愚痴。 誰にも言えない悩み、どこにもぶつけられない怒り。嘆き、悲しみ、誰にも聞かれることなく宙に消えていった数多の言葉達。 そんな言葉たちに比べたら、他人の話を、つまらない話を、自分に関係ない話を、それでも無条件に一生懸命聞いてくれる人がいるっているのはとても幸せなことなんだと気付かされる。 こんな拙い文章でも読んでくれる人がいるってことに感謝しなくちゃいけない。いつも読んでくれてありがとう。 2月23日 密着24時。 卑劣な盗撮犯を絶対逃すな!その決定的瞬間を盗撮! 2月20日 メダルが見たいから笑顔が見たいへ。 勝手な目論見でプレッシャーを与えておいて、メダルが無理そうだとわかると、期待を一変させる。 そんな残酷な優しさが怖い。 もし自分がこんなやる気をそがれるような言われ方をしたら、何勝手に諦めてるんだよ、まだ俺の試合は終わっちゃいないって腐りたくなるだろうな。 2月19日 正直、トリプルトゥループとトリプルアクセルの違いを見分けられません。 2月18日 明治ブルガリアヨーグルトの砂糖添付終了。 あのグラニュー糖の舌触りが結構好きだったのにな…。 それより無くして値段を下げて欲しいのは納豆のからしだと思うのですが、みなさんはあのからし使っていますか? 2月17日 スポーツと愛国心。 2006年ドイツワールドカップの日本対ブラジル戦をたまたま友人と観戦していた時のこと。ロナウドのスーパープレイを見て大歓声を上げたことで、大喧嘩になったことがある。 日本が点を取られたのに喜ぶのはおかしいという、自分にとってはとても些細な理由だったのだが、そいつにとっては大問題だったようで、しばらく関係がギクシャクした。こんな理由でこんなに怒れるのかということにとても驚いた。 日本人だから日本のチームや選手を無条件に応援しようという気持ちは私にはあまりない。素晴らしいプレイや素晴らしい試合が見たいと思うだけでそこに国籍はあまり関係ない。強いて言えば負けている方を応援する。 個人的な知り合いとかなら話は別だが、ほとんどのスポーツ選手はテレビや新聞でしか見たことがないわけで、それなら他国の選手と何が違うのだろうか。 親類、友人、知人、上司、部下、こういったカテゴリは自分の中に あって、それぞれ付き合うウエイトみたいなものも確実にあるのだが、ここに日本人外国人というウエイトは殆どない。全部ひっくるめて知らない人というカテ ゴリに属する。基本的には身近にいる人間しか大事にできない性質なのだ。 もちろんこんな考え方が一般的でないのはわかっているが、それでもスポーツと愛国心は切り離して考えるべきだと思わざるをえない。 2月16日 魔物。 努力し続ける才能というものが存在するのなら、 実力を発揮できるかどうかも実力の内。 2月13日 どうしてペットレースで勝てないのかやっと分かった。 タイトルがいけなかったんだな…。 最下位を必ず。 2月12日 悔しさを隠そうとしないその潔い姿に、深い感銘を受ける。 勝手に皮算用して、勝手に残念がってる勝手な外野の声がどれほど選手を苦しめることか。誰よりも本人が一番悔しいに決まっている。 見ているだけの人間に悔しがる権利など無い。 2月11日 ストラップ。 携帯がスマフォに変わって、ジャラジャラとストラップを付けている人が少なくなったように見受けられる。 技術者が数グラム単位で競っていた世界最軽量の携帯を「めっちゃかるーい」と言いながら、何十本もストラップをつけていた滑稽さにやっと気づいたのだろうか。 携帯はその外観、ハード的なファッション性が求められていた部分があったが、スマフォはより実用性、道具として使いやすいという面が求められているからなのかもしれない。 単純に、携帯に比べてスマフォのほうが圧倒的に操作している時間が長くなったから疲れるという理由なのかもしれないが。 皆さんは携帯やスマフォにストラップをつけていますか? 2月10日 雪は厄介者。 週末東京は20年に一度の大雪。交通は遮断され、停電が発生し首都は大混乱。私も職場の雪かきに追われた。 ふと周りを見回してみると、そこここに大量の雪が積まれているにもかかわらず、雪だるまの姿がほとんど見えないことに気づく。雪かきにしても遊ぶ余裕はないんだなぁ。 東京では雪は厄介者で、ただただ邪魔な存在なだけなのだな思った。 邪魔な存在といえば、駅前の商店街で大手ファミリーレストランと 大型ドラッグストアの前の歩道だけ雪かきがされていなかった。軒下の自分の敷地だけは綺麗に雪かきされていましたが前の歩道はそのままでカチカチの雪が凍 りついていました。ほかの商店はどんな小さな店でも歩道まできっちり雪かきされていたので、余計に目立った。マニュアルの弊害なんでしょうかね。ちょっと自分の頭で考えたらどう受け止められるかわかるようなものですが…。 2月9日 冬季五輪唯一の水中競技は?(なぞなぞ) スキーの五輪日本代表選手はほとんどが20代後半から30代。スノーボードの五輪代表はほぼ10代。こんなところにもスノーボードとスキーの未来が見て取れる気がする。 スキーを新たに始める若者の絶対数が減っているのだ。だから後継が育たず世代交代が進んでいかない。このままでは数年のうちに、スキーヤーとボーダーの勢力図は塗り替えられ、スキーヤーはゲレンデで肩身の狭い思いをし始めることになってしまうかもしれない。 ボーダーがファッショナブルで、スキーヤーがおっさん臭くてダサいというイメージはどこでついてしまったのだろうか。 若者よ、スキーに来たれ! 2月4日 一流の境地。 ソチ五輪が近づいて、日本選手団のインタビュー記事などを目にすることが多くなった。その中で必ず目にするのが試合を楽しんできたいというような言葉だ。 どんな競技も楽しい時期というのがあって、だからこそトップアスリートになるぐらいのめり込んできたのだろうが、その道を極めた人たちが最後にたどり着く境地では必ず、楽しむということが当たり前のことではなくなり目指すべき目標となっていることに気づいた。 楽しいから面白いから極めようと思ったことが、極めれば極めるほどに楽しむことが難しくなるというのは、辛く悲しいジレンマではないか。 そしてよく考えれば、これはスポーツだけではなく、仕事や趣味や世の中のありとあらゆる楽しいことについても同じようなことが言える気がする。 リネージュが何だか楽しくないなと思い始めた人は、つまりこの一流の境地に辿り着いたということなのだろう。楽しいことをやり続けるのは思いのほか難しいことなのだ。 2月3日 豆撒きはしましたか? ここ10年ぐらいで節分の風景は大きく変わった。鬼は外、福は内の掛け声に代わり、黙って海苔巻きを頬張るイベントになった。歳の数だけ豆を食べるという話はどこへいったのだろう。 いつの間にか、恵方巻きを食べることが古くからの慣わしみたいな話になっているけど、節分に恵方を向いて太巻きを食べるという風習の出典ははっきりしない。よくわかっているのはコンビニチェーン店が販促イベントとして広めたということ。 スーパーのお惣菜コーナーで山盛りになっている恵方巻きを見て、商売の力ってすごいなと感じた。ちなみに、豆まき用の豆はその半分のスペースもなかった。 2月2日 ハントで大事なことは、役に立つか役に立たないかということではなく、 自分のできることを考えて、精一杯やっているかやっていないか。 自分は足を引っ張るからとハントを遠慮している人間は、 二年三年経って、今度は自分が足を引っ張られるからとハントを避けるようになる。 |