|
突き止めたい。 シャックリの止まる瞬間。 4月29日 組織の問題。 遠足バスの手配ミスを隠すために、旅行会社の社員が生徒を装い自殺をほのめかす手紙を学校に送った。学校は遠足の実施を決めたが当日の朝になってもバスが来なかったためミスが発覚した。 運動会とかマラソン大会が嫌で学校に爆弾を仕掛けたとか、実施したら生徒を殺すとかそういう脅迫文を送るみたいな事件はときどきある。ただこの方法だと 警察が介入しやすく、大事になりやすいと計算したのだろう。そこで生徒の自殺をほのめかしたところにこの社員の狡猾さがうかがえる。 この狡猾さはいい方に向けば機転が利くということである。勝手な想像だが、勉強ができて色々こなせる優秀な社員だったのではないだろうか。ただそういう優秀な人物に限って自分のミスを言い出せないことがある。 こういうことは組織の問題なのだ。ミスや失敗を言い出しやすい雰囲気を作ることが必要で、失敗をカバーし合える集団であることが人材を活かすことにつながる。 4月28日 例外のない規則はない、という規則の例外。 最初の3,4年ぐらいは、「PKをしてはいけない」とか「全チャで雑談禁止」とかシェリークランにもいろいろな規則があって、入ってくる人にはいちいち説明していた。違反する人がいれば注意もしていたんだけど、そのうちにだんだん考え方が変わってきた。 そもそも、なんでこんな規則を作ったのかといえば、クランで活動する他の人に迷惑をかけてはいけないという考え方がその根底にあった。でもPKをしない ことが逆に結束を弱めたり、迷惑をかけることになったりする場面にいくつも遭遇して、じゃあ反撃はOKとかいちいち例外を作って対応していたわけだけれど も、結局のところその場その場で一つ一つ判断を下すことが必要だとわかった。 だから最近では入るときにいちいちアレはダメこれはダメとか規則を押し付けたりはしなくなった。規則なんかなくてもクランや仲間を大事にしようみたいな雰囲気を作り上げていけばそれで十分だし、それが一番大切なことだから。 シェリークランに唯一例外のない規則があるとするなら、それは、「俺がルールブックだ!」 4月27日 棚からぼた餅。 ぼた餅ですよぼた餅、半分潰したもち米をつぶつぶあんこで包んだアレですよ。棚からそんなぼた餅が落下してきたら、どう考えても悲劇的な図しか想像できない。なんでぼた餅なんだろう。せめてまんじゅうとか大福にすべきなんじゃないか。 意味:ラッキーと思ったけどよくよく考えてみたらそうでもなかったこと。 棚から落ちてきたら嬉しい物ってなんだろう。 棚から小銭。ちょっと置いたまま忘れていた小銭が発見されると別に得をしたわけでもないのに嬉しいよね。 棚から爪切り。お前こんなトコにいたのか! 棚からリモコン。万全の態勢を整えて、絶好のポジショニングをとったのにリモコンに手が届かない。そんな時に必死で伸ばした指の先が棚にかかりコロンとリモコンが落ちてきたら、超ハッピー。 棚から赤福。赤福なら許す! 4月24日 余命幾許。 暑くなってきた、もう春が終わる。 春っていう季節もあと50回ぐらいか。 とか数えたら、何だかため息がひとつこぼれた。 4月23日 禍福は糾える縄の如し。 幸運って使ったらなくなっちゃうのかな。 不運って溜まったら報われるのかな。 幸運が続いた人は、ほんの少しの不幸それも他人から見ればまだまだ幸運の部類であっても幸運が逃げたと感じるし、不幸も続けば慣れてくる。要は気の持ちよう。 4月22日 笑う門には福来たる。 ずーっとみんなで笑っていられたらいいのにね。 ただ笑って毎日を過ごすだけのことが、なんでこんなに難しいんだろう。 4月21日 自分だけは違うなんてツッパってみても、 俺もお前も同じ穴の狢。 そんなに大きな違いなんて無いんだって。 4月20日 「おーい、ちょっとこっちきてー」 「なんだよ、ルイ。どうしたん?」 遠くの街に育って、別の時間を過ごし、歳も性別も職業もバラバラで、それでもただゲームが好きという同類が集まれた。 卑屈や嫉妬をぶつけ合い。期待と落胆に傲慢を織り交ぜ、同情は優越に変わっていったりするけれど、それでも出会えてよかったと思える仲間たち。 つまりはそういうことなんだろうな、類は友を呼ぶ。 4月17日 濡れぬ先の傘。 ぬという難問に困って、辞書を引いてみたらこんな言葉を見つけた。 以前少し書いたが、私は傘を持って歩くことが大嫌いなので、この言葉はあまり実感できない。転ばぬ先の杖、という言葉も転んだ時に杖なんか持っていたら逆に危ない気がしないでもない。 用心することは大事だけれど、用心しすぎて結果動けなくなっても仕方がないし、そもそも用心の方向性を間違っていたら意味が無い。 4月16日 律義者の子沢山。 ん?んんん? 4月15日 塵も積もれば山となる。 倉庫に眠っているシアンポーションが約6万個ある。一個50Aで店売りすると約3Mの価値となるが、一回に取り出せる量は頑張っても300個。取り出し て店に運んで売るという作業をワンセット30秒で行ったとしても、200往復で1時間40分も単調作業を続けなければならない計算になる。普通に狩りをす るのとどちらが建設的だろうかと考えずっと放置していた。 ところがこの前の仕様変更によりシアンポーションの重量が大幅に軽減され一回に3000個は持てるようになった。こうなると何だかとっても得をした気分になる。 でも、結局売らないんですけどね。あれ、こういうのをなんて言うんだっけな、毒にも薬にもならない? 4月14日 取らぬ狸の皮算用。 ぬか喜びも喜べた分だけラッキー。 4月13日 下手の長談義。 まぁだいたい話しのうまくない奴って言うのはそんなに喋らないものだけれども、何が言いたいのかさっぱりわからない奴ってのはいる。要点がよくわからな いのは、話があっちに飛んだりこっちに飛んだり、かと思ったらどうでもいいところだけやけに細かく話したり。自分の中ではつながっているつもりなのかもし れないが聞いている人にしてみたら何がなんやらさっぱりなのです。 話をうまくまとめるには大事なところだけを箇条書きにするのも一つの方法で、 その一、いつどこで誰が誰と何をどうしたこうしたそれ以外のことはぐだぐだ書かずに要点は三センテンスほどでしっかりまとめて話すべし。 その二、その一とか話の途中で言い始めちゃった場合大体その二以降については考えていないことが多かったりするので注意しましょう。 その三、その三あたりまで来るとそもそも何が言いたかったのかすら忘れていることが多いので本当にこの話が必要なのかどうか考えましょう。 その四、えっと何をしようとしていたんだっけな。あ、思い出した!何をしようとしていたのか思い出そうとしていたんだった。 というように箇条書きがいつもうまくいくとは限らない。大事なのはフリとオチ、起承転結はっきりしましょう。ちなみに今書いている段落は転に当たるので このあとはオチですが、そろそろ察しのいい人ならオチが見えているでしょうから、そういうところはチャッチャと省いてしまってあまり長くならないようにす るのが手です。 だいたいオチをつけてしまったら、下手の長談義にならないじゃないですか。 4月10日 骨折り損のくたびれ儲け。 無意味なことが本当に無意味かどうかはやってみないとわからないし、時間が経ってみないと判断もできない。あとから振り返ってみると良い経験だったという確率はかなり高い。 骨折り損をしたら儲けものである。 仏の顔も三度まで。 三度目で怒られると思っていたけど、今よくよく考えてみたら、三度目までは仏の顔ってこと? 4月9日 二階から目薬。 天井裏に潜んだ忍者が隙間から毒薬を垂らしている…みたいな光景をつい思い浮かべてしまうが、二階から目薬を差そうとしている光景よりはよっぽど現実味がある。 そもそも、構造的に二階から目薬を差すということが考えにくいので、ベランダから目薬あたりに変えてもらえるとこんな余計な勘違いを起こす(私だけ?)こともないと思うのだがどうだろうか。(何がどうなのかはさておき) 一時期ばかっこいい日常なんていう動画を作ることが流行ったけど、かっこ良く目薬を差す方法として二階から目薬に挑戦してもらいたいものだ。意外と簡単にできてしまいそうな気がしないでもない。 二階から目薬(新訳)一見難しそうだがやってみたら意外と簡単なこと。 4月8日 花より団子。 皇居の桜に40万人、上野の桜に200万人。桜を見るだけなら近場にいくらでも咲いているのに、どうして団子を食べるのも一苦労の有名スポットに人は集まってしまうのだろうか。 桜を見ることよりも、花見に行ったという事実のほうが大事になっているのではないか。世間話をしたりブログに書いたりするために花見に行く。そのためには有名な場所でないと意味が無い。多くの人が見に来ている場所ということが重要なのだろう。 花よりお団子状態が好きなんですね。 4月7日 論より証拠。 一年と1300万をかけてSTAF細胞の存在を検証する実験が始まった。期間と費用に疑問の声も上がっているようだが、科学の世界では、ある考えが間違いだったとわかることも、消去法のようなもので一歩前進なのだ。こういう基礎研究は無駄にはならない。 存在を証明するのにも証拠が必要だし、同じように存在しないことを証明するのにも証拠が必要なのだ。推論や憶測だけで物事が決まることはないし、してはならない。 4月6日 井の中の蛙大海を知らず。 遠くのものが見えて初めて遠くのものがあると知る。まだまだ狭い世界に生きているなと思い知る。いつも自分の世界の外側にはもっと広い世界があるのだと想像することが大事。 この川の向こうには何があるのだろう、あの山を越えたら何が見えるのだろう。海の向こうには何が待っているのだろう。そんな想像力で人は空を飛び深海に潜り、宇宙にまで行った。 いつだって自分は井の中の蛙、されどその空の高さを知る。 4月3日 チップ。 近所の牛丼屋が二週間ほど臨時閉店をしていた。アルバイトの人員不足が原因だったそうな。 牛丼一杯が270円。効率を上げ、限界までコストをカットして成し得た低価格。企業努力と思っていたが、このことがあって少し考えた。コストカットの部分には人件費が多く含まれていたんだということを。 企業が利益を出し、株主に配当を配る、そのためにアルバイトが時給と体力を削られる。なんだかそんなことなら牛丼一杯300円出してもいいから、今私の眼の前にいてサービスをしてくれているこの人達に、もう少し時給を出してあげてもいいんじゃないかと思った。 欧米型チップ社会というのはつまりこういことだったのだなと思う。働く人同士が働く人を大事にしようという社会。日本にはお金で感謝を示すことを不謹慎とみる傾向があるけど、それでもやっぱりお金は大事だよね。 4月2日 メロンパン。 家の近くにメロンパン屋ができた。間口一軒の小さな店でメロンパンひとつしか売っていない。店ができた時はメロンパンだけでやっていけるのだろうかと心 配したが、いつも人が並んで売れている様子。ラーメン屋も弁当屋もお好み焼き屋も長続きしなかったが、これは続くかもしれない。 余計なものを一切排除して、なにか一つ自分の得意なものだけを売る商売というものもあるのだと思った。長所に特化するスペシャリスト見習うべき点も多い。 外はカリッカリで中はフワッフワ。帰り道、30mほど手前からあま〜いいい香りがしてくる。ちょうど小腹がすいている時間でもあり抗いがたい力を放つ。まさか、週に3つも4つもメロンパンを食べる生活が来るとは思わなかった。 |