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 6月30日

 100かける2は?

 問題)モナリザの絵に100億円の値段が付けられるとするなら、モナリザの絵二枚ではいくらの値段が付けられるでしょう?

 こういう計算ができることがコンピューターと人間の違いなんだろう。

 6月29日

 フェイルセーフ。

 何事もうまくいかないのがこの世の理。

 だからうまくいかないことは最初から折りこんでおかないと。

 世の中思ったようにはいかない、ということだけは思ったようにいくものだ。

 6月26日

 レボリューション。

 夏の男子の裾丈が年々短くなっている気がする。

 このペースで行くと、10年後ぐらいには全員西川貴教化してしまうのではないか。

 6月25日

 決定力不足。

 物心ついた頃からずっと毎回毎回、敗因は決定力不足って言われてる気がするんだけど…。今の日本代表が生まれる前から言われてるんだし、責任は指導者にあるのでは?

 みんなで仲良くパスを回してキレイなシュートを決めましょう、単独プレイは厳禁です、みたいな指導を部活でも少年サッカーチームでもしてきたのに、プロや日本代表になったからって急に手のひらを返されても困ると思うんだけど。

 なんか決定力不足って言っておけばそれで反省も分析も終わりみたいな感じになってない?

 日本がどういうサッカーを目指しているのかなんてのはよく知らないんだけど、パスを回してディフェンスを崩して綺麗に決めるサッカーを目指しているのなら、決定力など必要ないごっつぁんゴールが理想型なわけだよね。敗因は敵を崩しきれなかった連携不足なんじゃないの? 

 6月24日

 夜店の焼きそばと家の焼きそばの違い。

 テキ屋のオジサンが作っている焼きそばを観察すると、十中八九業務用の中華麺にオタフクソース、キャベツと少量の豚こまそれに紅しょうがの組み合わせである。

 家庭で作る焼きそばと材料にも製法にも殆ど差はない。それなのに何故か夜店の焼きそばには、夜店の焼きそばの味がする。それもどこで食べても同じ夜店の焼きそばの味がする。

 祭りや花火、盆踊りといった雰囲気が醸しだす味なのだろう。材料費を計算して500円は高いよなぁ、と思いつつも夜店でなにか食べるとしたらやっぱり焼きそばを選んでしまう。家ではどうしても出すことのできない味だから。

 6月23日

 山と丘の違い。

 沼と湖の違いが、河童が住んでいるかどうかなら、

 山と丘の違いは、やまびこが返ってくるかどうか、かな。

 6月22日

 TV版ジャイアンと映画版ジャイアンの違い。

 いつも悪いことばかりしている人間がちょっといいことをすると何故だかとてもいい人扱いされる。

 真面目に真っ当に生きている人間がちょっといいことをしても特になんとも思われない。

 ジャイアンって良い奴かなぁ?

 本当は良い奴って良い奴かなぁ?

 ある意味良い奴って良い奴かなぁ?

 6月19日

 とんかつ屋のキャベツとキャベツサラダの違い。

 とんかつ屋のキャベツは何度もおかわりして食べたいと思うのに、キャベツサラダだとそれほどの量を採れない。

 ドレッシングでなくソースで食べればいいのかというとそうでもない。やはり付け合せのとんかつの存在が大きいのだろう。

 料理法次第でどんな食材もおいしく食べられるというが、単品の料理だけではなくその組み合わせも実はとても大事なんだ。

 6月18日

 ハイヒールとシークレットブーツの違い。

 どちらも足を長く、身長を高く見せるための靴であるのに、その市民権には大きな落差がある。

 ハイヒールはオシャレアイテムで、かたや、シークレットブーツはその名の通り隠さなければいけない後ろめたい秘め事のようなものとして扱われる。

 男性だけが背を高く見せようとしていることを隠さなければならない理由は、つまるところ男らしくないという一言に尽きるだろう。

 男って生き物はこの男らしくないって言葉にいろいろなところで制約を受けている気がしないでもない。

 6月17日

 ワールドカップ。

 自分の足元のずっとずっと下、地球の反対側で、逆さまを向いて今サッカーをしている人がいるんだなと想像すると、ちょっと不思議な気分。

 6月16日

 隗より始めよ。 

  子どもたちがスマホばっかりいじっていて困る、どうしたらいいだろうか、みたいな声を聞くと、昔から変わっていないなと思う。

 私が子どもの頃はゲームばっかりしていて困るだったし、そのちょっと前はテレビばっかり見ていて困るだった。その対処法もルールを決めてという毎度お決まりのパターン。テレビは一時間。ゲームは一時間。スマホは一時間。

 しかし、これらがどんな効力を発揮したかは言わずもがなだろう。

 本当にやめさせたいのなら、買い与えなければいいのだ。そもそも悪影響があると考えているなら自分たちが使うのをまずやめてみたらどうだろうか。それもできないのに子どもたちにだけ使うなというのは無理がある。

 私の場合テレビがなかったからラジオにかじりついていたし、ゲーム機を買ってもらえなかったから、友達の家を渡り歩き攻略本を立ち読みした。スマホもないがそれで特に困っていることもない。意外と無くてもなんとかなるものだ。

 ただそうしたからといって真っ直ぐいい子に育つのかというと、そうでもないとだけは言える。

 6月15日

 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。

 そもそも自分の気持がわかってもらえると考えるのが幻想なのであって、鴻鵠にだって燕雀の志は理解できないだろう。

 ただ鴻鵠は自分の志が理解されないことを嘆くが、燕雀は自分の志が理解されないところで嘆きはしない。

 それは鴻鵠の傲慢さでもあるし、崇高さでもある。

 6月12日

 習うものじゃない。

 知らない、聞いていない、習っていない、教えてもらってない。だから出来ない、分からない。こんな発言していませんか?

 こういうことを当然の権利のように主張して、自分から分かろうとしたり学ぼうとしたり、結果を考えてみたりすることを拒否する。何でもかんでも取説に書いてないと揚げ足を取るみたいな風潮のせいだろうか。

 学校のお勉強じゃないんだから、何でもかんでも教えてもらえるものじゃない。失敗をごまかしたり、やりたくないことから逃げ出すための言い訳にしか聞こえないよ。

 6月11日

 アデナや経験値以外にも、

 喜びがなければ、

 いい狩りは続けられない。

 6月10日

 ずっと、きっと、いつまでも。

 ずっと、きっと、いつまでも、といったような未来に具体性のない無責任な約束はできないので、毎日毎日、今日一日だけはと書きなぐってきた。

 いろはシリーズも今日で最後になったが、最初から47音全て書いてやるぞ意気込んでいたら続かなかったかもしれない。

 先のことは深く考えずに、目の前のことを一歩一歩やることが物事を長く続ける秘訣だと、長く続けてみてわかる。

 6月9日

 晴読雨読。

 先週辺りから、目の違和感がひどくて、充血が収まらない。雨の日も晴れの日も、仕事に読書にゲームに文字を目で追っていたせいだろうか。

 誰だって寝てる時以外は、目で何かを見ていると思うのだが、文字を見るときだけ異常に疲れるのは何故だろう。目が自由に使えないというのは色々と不便で、活字ジャンキーとしては禁断症状できつい毎日。

 目を閉じて何も見えず、悲しくて目を開ければ、ショボショボしてまた目を閉じるより他に道はなし。

 6月8日

 もり蕎麦。

 ざる蕎麦は刻み海苔が載っかっていて、もり蕎麦よりもやや値段が高い。ただ海苔が載っているかいないかの差で数十円の値段の差は大きいように思う。特に味の違いに大きな影響を与えているとも思えない。

 しかしそこは、海苔の載っていないものを選べるというシステムなのだから文句をいう筋合いではない。

 文句を言いたいのはラーメンにである。

 ラーメンにもこの素晴らしい「もり」システムを導入してもらいたい。この頃のラーメンには必ず海苔が載っている。丼からはみ出るように突き刺さった一枚の海苔。これも味というよりは見た目だけで載っている気がする。

 食べるのに邪魔くさいから、スープに沈めて一口目でパクリと食べてしまうしかないわけだが、追加トッピングの項目を見るとだいたい海苔もメンマも煮玉子も値段が一緒。理不尽さを感じるのは私だけだろうか。

 ならばこの海苔を無くしてもらえればもう少し安いラーメンが食べれるのではないか、と願ってもバチは当たるまい。

  ラーメンの海苔は旨い、絶対不可欠と思っている人がいたら失礼。

 6月5日

 暇をもらう。

 6月4日

 寄る年波には勝てぬ。

 何をし始めたら人はオッサンになるのかという問いに、自分のことを若いと言い始めたらという答えがあった。深い考察である。

 若い人ほど早く歳を取りたいと思い、年を取るほどに若くなりたいと願う。

 誰もが自分にないものを求めたがる。持っている物の価値に気づかぬままに。

 6月3日

 シリーズ。

 最初の頃には色々やりたいこともいっぱいあって、新しいことをする余地もあるが、シリーズが進むたびに、今度はその設定やコンセプトにだけ縛られてやれることが少なくなっていく。

 シリーズ物って後になればなるほど陳腐化する宿命みたいなものを背負わされている。

 なんとなくタイトルがいろはカルタになってるなと気づいて始めたこのいろはシリーズも終盤を迎え、タイトルを考えるのが楽でいいやと思っていたものが、逆に毎回タイトルが縛られるという不自由さに悩まされ続けている。

 しかし途中で投げるのも何だし、あぁ、だからシリーズ物ってつまらなくなっても続いていくんだな、と思う今日このごろ。

 6月2日

 身だしなみ。

 顔を洗って、ヒゲを剃り、歯を磨いて、髪を整え、ビシッとネクタイを締め、バッチシ決まったさあ出かけるぞ、と靴を履こうとしたら、下がハーフパンツのままだったことに気づく。

 あるんだね、こんな漫画みたいなこと。

 6月1日

 目くそ鼻くそを笑う。

 目くそと鼻くその間には結構落差があると思う。

 目くそ耳クソを笑う、ぐらいが相当じゃないか。