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 3月31日

 目薬を点すと、鼻の奥のほうが甘くなるのって俺だけ?

 3月30日

 普通の人間、なんてどこにもいないんだよ?

 3月29日

 仕事量増大の法則。

 一人で一時間かかる仕事を、二人でやったからって30分で終わることはない。

 下手をすると一時間以上かかることもある。

 3月25日

 曖昧で不合理な人間の行動。

 コンピューターとプロ棋士が勝負する将棋電脳戦ファイナルの第二局で、人間側の打った角成らずの手をコンピューターが認識できずに決着がつくという珍事が起こった。

 飛車や角が成らない等という不合理な手はコンピューターの読み筋の中には登録されておらず認識できなかったという。

 人間の行動というのはだいたいが不確かで、なんでそんな馬鹿な行動を取るのだろうと思われることもよくするし、わざわざ不利益になる選択をすることもままある。

 すべての状況を計算して最適な解を導き出すコンピューターは、あえて不合理な行動を取るという人間の心理にどこまで近づいていくことができるのだろうか。

 計算の途中にまったく関係のない夕飯の支度について考え出したり、そういう無駄とも思える思考の流れの中にこそ人間の真の力が隠れている気がしてならない。

 第一回第二回の電王戦で、将棋はコンピューターがとうとう人間を抜いたなどと言われたが、ファイナルでは人間側の2連勝で始まった。逆襲を期待したい。

 3月24日

 ほんとうに高いプライドは人を傲慢にせず、人を地道にさせる。

 3月23日

 東京で開花宣言。

 風邪が治りにくかったり、枕の匂いが気になったり、階段で躓いて脛をずり剥いたり、長時間狩りに行くと目が疲れたり、桜の季節がすぐに巡ってくると感じたり、そんなときにふと思う。

 花の色は 移りにけりな いたづらに
     わが身世にふる ながめせしまに (小野小町)

 とは、こういう気持ちを詠っていたんだろうなって。

 3月22日

 敵は仲間に、仲間は敵に。

 『相棒』の相棒が実は犯罪者だったという最終回に非難が集まっているなんていうのがヤフーニュースのヘッドラインになるぐらい、信頼していた仲間が実は敵だったというオチはネタとしてはもう相当に使い古されていて新鮮味がない。

 なにか観ている者をあっと驚かせるものを、というのはあらゆるジャンルのクリエイターの共通の願いだが、どんでん返しというのは計算された伏線と意表をつくタイミングで行われるからどんでん返しなのであって、最後にただひっくり返せばいいというものではない。

 最初いい奴で登場したら最後は大抵敵になり、最初いけ好かない奴が実はいい奴みたいなのはもうお腹いっぱい。

 だいたいずっと悪いことしてきた奴がちょっと心を入れ替えて主人公を助けたら、それでもう過去のことは水に流して仲間って流れが許せない。主人公が許せ ばそれでもう過去の罪は消えるのだろうか。謝るべき相手は主人公にではなく悪行を受けて苦しんだ人々へ対してではないのだろうか。

 クロコダイルが簡単に仲間になったとき、あぁワンピースも落ち目かなと思ったものだが、そのことに違和感を感じている人はどのぐらいいたのだろう。

 自分の感覚が世間一般とはズレているという認識はある。それでもやっぱりこんなことがニュースになるぐらいなんだからもう夢オチレベルの禁じ手というのが一般認識になってきているということでいいのかな。

 3月17日

 絵に描いたような幸せな家庭の絵ってやつを見てみたい。

 3月16日

 イベントモンスで英語を学ぼう。

 オブリビオン(Oblivion)忘却、忘れられていること。
 ソロウ(sorrow)悲しみ、悲痛、悲嘆。

 とはいっても、ソロウデスをみるとどうしてもシモネタ発想に行ってしまう人挙手!

 3月15日

 残るもの。

 本棚の隙間から昔使っていた5インチのフロッピーディスクが出てきた。ラベルを見ると学生の頃に作っていたTRPGのシナリオとか、書いていた痛いポエムなんかが入っているんだろうなと想像はつくが中身を見る方法がない。

 デジタルデータはいつまでも劣化せず場所も取らず便利だ、などといわれて急速に社会に広まったが、記憶媒体は5インチディスクから3.5インチディスク へ移り変わり、Miniディスクが出たと思ったらCD-Rが普及し、DVDの規格をブルーレイにするかどうかでもめているうちにフラッシュメモリが台頭し た。この間たった20数年。容量は1MBだったものがテラバイトという想像もつかない高容量になった。

 1MBはだいたい文庫本一冊ぐらいの情報量で、1TBともなれば国会図書館並の情報が詰め込める。しかしそれらを見る方法は進化と同じペースで急速に失われているのではないか。

 現存する最古のパピルスは紀元前5世紀のものだとされる。約2500年前に書かれた情報が今なお残っているということを考えると、数十年前に書いたものがもう見ることがほとんどできなくなっているというのはとても危ういことなのではないかと思えてくる。

 進化の過程で技術が淘汰されたり、天変地異でインフラが破壊されればすぐに膨大な情報が失われてしまう危険がある。

 今から2500年後の未来には何が残っているだろうか。もしかしたら、この痛いフロッピーディスクの中身が解読され、国宝級の資料として博物館に飾られている、なんていう未来もあるかもしれない。

 3月11日

 いつか必ず来るとは思っていても、今日来るとは思っていない。

 3月10日

 二兎を追う者は一兎をも得ず。

 しかし最初から一兎しか追わない者には、二兎を得ることはできない。

 3月9日

 全ての権威は堕落する。

 本屋大賞ノミネート作いくつか読んだけれど、最近は傾向が一緒で新しい発見が少ない。本屋店員が売りたい本という目の付け所は新鮮で良かった気がするが、それも続けると、特定の集団の色に染まってしまうのかな。

 売れている作家だけを売っても仕方ない気がするんだけど、同じメンツが多い。埋もれている素晴らしい作家、作品を発掘して欲しいし、そういう賞で在り続けて欲しい。

 3月8日

 現実は虚構よりも奇なり。

 アニメやゲームが子どもに悪影響を与えるから規制しろとは聞くけど、

 残酷なニュースが子どもに悪影響を与えるから規制しろとは聞かないな。

 3月5日

 勝利というものは、次の勝利を貪欲に欲するものだ。

 いつか敗北するその日まで。

 3月4日

 写真を撮られるのが嫌い。

 昔はフィルムも精々が一本36枚で現像費なんかの制約もあって、写真を撮るというのはイベント的なものだったけど、最近は何かっていうと写真を撮る。日常の一コマ、夕食の献立、道端に咲いた花、そんなにパシャパシャ撮ってどうするのだろう。

 写真に写るのが嫌いな私としては、いつ何時写り込んでしまうかもしれないと気が気でならない。時と場所それから周囲に気を配ってパシャパシャしてください。お願いします。

 3月3日

 先輩面。

 知識や技量や器が見合ってはじめて先輩と言える。年齢や期間だけをものさしにするコミュニティはどこか歪だ。

 目上の人は尊敬しなさいという儒教精神は、目上の人は尊敬される存在で在るべく努力しなさい、ということでもある。

 年齢以外に頼るべき拠り所がない人間ほど先輩面を吹かせたがる。

 3月2日

 「元気で明るく優しい子でした」なんて9割ぐらいの子どもに当てはまる。

 少なくとも教育者が口にする言葉ではない。私はその子のことを何も知りませんと言っているようなものだ。

 3月1日

 教育っていうのは「する」ものじゃなく「受ける」もの。

 まわりがどんなに騒いだって、

 自らを変えようとしない者を変えることはできない。